ポガチャルがまさかの大ブレーキ、TOPヴィンゲゴーとの差7分超|ツール・ド・フランス
福光俊介
- 2023年07月20日
ツール・ド・フランスはアルプス決戦最終日。現地7月19日に第17ステージを行い、獲得標高5000m超の本格山岳コースをフェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、オーストリア)が逃げ切り勝利。ツールで初めてのステージ優勝を挙げた。前日のステージで1分48秒差がついたマイヨ・ジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ、デンマーク)と個人総合2位タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)の戦いは、ポガチャルの大ブレーキで“終戦”。両者の総合タイム差は7分35秒となり、ヴィンゲゴーが個人総合2連覇へ大きく近づいている。
ポガチャルは補給食を体が受け付けず苦しむ
大会唯一の個人タイムトライアルだった前日のステージ。22.4kmの山岳コースでヴィンゲゴーが驚異の走り。ステージ優勝はもとより、同2位のポガチャルとの差を1分38秒つける激走を披露した。第16ステージを終えた時点での総合タイム差は1分48秒。続くステージでは、この差がレース展開や両者の戦略にどう作用するかがポイントになった。
その第17ステージは、今大会の“クイーンステージ”との声も多い。理由は獲得標高5000m超であること。レース距離165.7kmに4つのカテゴリー山岳が詰め込まれる。レース前半から1級山岳コル・デ・セジー(登坂距離13.4km、平均勾配5.1%)、同じく1級山岳コルメ・ド・ロズラン(19.9km、6%)と2つの長い上りをこなし、2級山岳を挟んでいよいよ今大会屈指の難所であるコル・ド・ラ・ローズへ。登坂距離は28.1kmを数え、平均勾配の6%は中腹の平坦と下りの区間を含めてのもの。頂上に近づくにつれて勾配は厳しくなり、最大で24%まで達する。標高2304mの頂上から下って、最後はクールシュヴェルのエアポート滑走路へ。フィニッシュ前250mは18%の急坂だ。
前日のタイムトライアルで落車したアレクシー・ルナール(コフィディス、フランス)が、このステージでは未出走。落車後も走り続けたものの、その後の診断でヒジの骨折であることが判明したという。
155人でスタートしたレースは、リアルスタートと同時にアタックが多発。数人がリードを得る場面があったものの、逃げを決めるところまではいかず、アタックとキャッチを繰り返す流れ。この間、メイン集団では落車に起因する分断があり、巻き込まれたポガチャルが一時的に後方に取り残される。すぐに前線に戻ったものの、左ヒジと左ヒザから流血しながらのレースを余儀なくされる。
最初のカテゴリー山岳であるコル・デ・セジーで最大18人の先頭グループが組まれかけたが、メイン集団ではティシュ・ベノート(ユンボ・ヴィスマ、ベルギー)の牽引で人数を減らし、前に残った選手たちが先頭グループにジョイン。この上りでは逃げが容認されず、山岳賞首位のジュリオ・チッコーネ(リドル・トレック、イタリア)が1位通過した後は一団でダウンヒルに移った。
この下りの途中でジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ、フランス)ら3人が抜け出して、しばし先行。15kmほど進んだところで6人が合流し、コルメ・ド・ロズランの上りに入るとさらに膨らむ。最大35人の先頭グループになり、個人総合7位のペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス、スペイン)や同8位のサイモン・イェーツ(チーム ジェイコ・アルウラー、イギリス)ら上位選手たちも乗った。
総合系ライダーが入ったグループとあり、メイン集団も1分30秒ほどのタイム差を維持。ロズランの頂上はチッコーネが1位通過し、山岳賞ポイントを加算している。
メイン集団はリーダーチームのユンボ・ヴィスマがペーシングを担うが、前を無理に追いかけることなく、スタートから100kmを過ぎたあたりからは意識的にタイム差を広げる。残り50kmの時点で、その差は3分を超えた。
2級の上りを挟んで、いよいよコル・ド・ラ・ローズ登坂を迎える。この頃には先頭グループは16人に人数が減少。ここまで山岳ポイント収集に努めたチッコーネや、前半果敢に攻めたアラフィリップらが遅れる。残り30kmでは集団とのタイム差が2分45秒、残り20kmでは2分25秒と大きく変わらず、前を行く選手たちの中からステージ優勝者が出る可能性が高まってきた。
メイン集団も人数が絞られて、残っているのは個人総合上位陣を中心とする精鋭ばかり。そのさなかに衝撃的なシーンがやってきた。フィニッシュまで16kmを残したところでポガチャルが遅れ始めたのだ。
ペダリングに力が感じられず、ズルズルと後退。対してヴィンゲゴーは、山岳アシストのセップ・クス(アメリカ)の引きに任せ、さらには先頭グループから降りてきたベノートも牽引。唯一食らいついたアダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ、イギリス)も遅れると、タイミングを見計らって独走を始めた。
先頭では逃げメンバーの構図が崩れて、ガルが独走を開始。30秒後ろでサイモンとラファウ・マイカ(UAEチームエミレーツ、ポーランド)が続くが、先頭を走るガルはコル・ド・ラ・ローズの頂上を過ぎると下りも攻めて、後ろの追い上げを許さない。追うサイモンはマイカを切り離して前を目指すが、ガルとの差はなかなか縮まらなかった。
フィニッシュ前250mからの急坂を蛇行しながら上ったガルは、サイモンの追撃をかわして一番にフィニッシュへ。右腕を掲げて勝利を誇示した。
勝ったガルは25歳。2015年にロード世界選手権のジュニアで優勝。2020年にチーム サンウェブ(現チーム ディーエスエム・フェルメニッヒ)でプロデビューし、昨シーズンから現チームへ。今季はたびたびトップ10フィニッシュを果たすなど好調で、ツール前哨戦のツール・ド・スイスではステージ1勝。今大会に入ってからは徐々に個人総合順位を上げて、第14ステージからはトップ10圏内へ。そして、逃げに加わったこのステージでツール初勝利をつかんだ。
トップを走ったガルの後ろでは、マイヨ・ジョーヌもリード拡大にかけて激走。上りの後半ではもう一人先頭グループから降りてきたウィルコ・ケルデルマン(オランダ)が牽引。コース上に止まってしまった関係車両の影響で足止めを食ってしまうが、沿道の観客やモーターバイクの間を縫って再び走り出す。完全に勢いを失ったポガチャルとの差は大きくなり、逃げからこぼれてきた選手たちを次々とパス。頂上手前ではビルバオやダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ、フランス)を拾い、3人で頂上を越えてそのままの態勢でフィニッシュへ急いだ。
最後の急坂こそ苦しそうに上ったヴィンゲゴーだが、ステージ4位にまとめてマイヨ・ジョーヌを固いものに。一方、ポガチャルは最後の最後までペースが上がらず、マルク・ソレル(スペイン)に付き添われながら残り距離を減らしていく。逃げ残りの選手が続々とレースを完了させる後ろで、ようやくフィニッシュに姿を現した。
ポガチャルはガルから7分37秒遅れ。ヴィンゲゴーとは5分40秒差がつき、マイヨ・ジョーヌははるか遠くへ。最後の急坂ではさすがに表情がゆがみ、やっとのことでフィニッシュに到達した印象だ。
このステージを終えて、トップのヴィンゲゴーと2位ポガチャルとの総合タイム差は7分35秒。4ステージを残しているが、逆転はかなり難しい差となっている。ステージ2位だったサイモンが3ランク上げて5位とし、ビルバオも1ランク上げて6位。勝ったガルも2つ上げて8位としている。
山岳賞も熾烈で、超級山岳をトップ通過したガルが2位に浮上。トップを走るチッコーネとの差は6点で、残りのステージで変動が起こる可能性が大いにある。
翌20日の第18ステージは、久々の平坦。184.9kmに設定され、ここまで辛抱強く走ってきたスプリンターたちが主役を争うか。ここまで勝ち星を挙げられていないスピードマンや逃げを得意とする選手たちが、一矢報いようと躍起になりそうだ。
ステージ優勝 フェリックス・ガル コメント
「今シーズンはとてもうまくいっている。ツールでも好成績を、しかもクイーンステージを勝てるだなんて信じられない。私に多くのものを与えてくれるチームには心から感謝している。
3週間のステージレースを走るのは簡単ではない。開幕して数日後に総合リーダーの役割を与えられた。徐々にやりがいが出てきて、気分も上々だ。ステージ優勝できるとは思っていなかったが、これほどの難しいステージだから攻めてみればチャンスがあるかもしれないと考えていた。ベン(オコーナー)が最後の上りで素晴らしい仕事をしてくれて、その後の下りも快調に飛ばしていけた。
ツールのステージ優勝は子どもの頃からの夢とは言わず、1年半前には想像すらしていなかった出来事だよ」
個人総合時間賞 ヨナス・ヴィンゲゴー コメント
「ここまで良い一日になるとは想像していなかった。いまはホッとしている。(ポガチャルに)7分差をつけたことは良かったが、まだパリには到達していない。難しいステージが残っているし、タデイ(ポガチャル)はきっと何かをしてくるに違いない。このツールはエキサイティングだ。
タデイが落車したとき、私は彼の後ろにいた。誰かが彼のホイールに触れたのが原因。われわれは彼の復帰を待って、集団をコントロールすることにした。そのクラッシュが彼の走りに影響したのかどうかまでは分からない」
ツール・ド・フランス2023 第17ステージ結果
ステージ結果
1 フェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、オーストリア) 4:49’08”
2 サイモン・イェーツ(チーム ジェイコ・アルウラー、イギリス)+0’34”
3 ペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス、スペイン)+1’38”
4 ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ、デンマーク)+1’52”
5 ダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ、フランス)+2’09”
6 トビアス・ヨハンネセン(ウノエックス・プロサイクリングチーム、ノルウェー)+2’39”
7 クリス・ハーパー(チーム ジェイコ・アルウラー、オーストラリア)+2’50”
8 ラファウ・マイカ(UAEチームエミレーツ、ポーランド)+3’43”
9 アダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ、イギリス)ST
10 ウィルコ・ケルデルマン(ユンボ・ヴィスマ、オランダ)+3’49”
個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)
1 ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ、デンマーク) 67:57’51”
2 タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)+7’35”
3 アダム・イェーツ(UAEチームエミレーツ、イギリス)+10’45”
4 カルロス・ロドリゲス(イネオス・グレナディアーズ、スペイン)+12’01”
5 サイモン・イェーツ(チーム ジェイコ・アルウラー、イギリス)+12’19”
6 ペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス、スペイン)+12’50”
7 ジャイ・ヒンドレー(ボーラ・ハンスグローエ、オーストラリア)+13’50”
8 フェリックス・ガル(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、オーストリア)+16’11”
9 セップ・クス(ユンボ・ヴィスマ、アメリカ)+16’49”
10 ダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ、フランス)+17’57”
ポイント賞(マイヨ・ヴェール)
ヤスペル・フィリプセン(アルペシン・ドゥクーニンク、ベルギー)
山岳賞(マイヨ・アポワ)
ジュリオ・チッコーネ(リドル・トレック、イタリア)
ヤングライダー賞(マイヨ・ブラン)
タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)
チーム総合時間賞
ユンボ・ヴィスマ 204:45’10”
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。