北海道AKバックカントリー|ホーボージュンの全天候型放浪記

冬将軍がやって来た。ある日突然、なんの前触れもなく。「そっちはどうだい?」とか「来週あたり顔を出すよ」とか、そんなメールもLINEもなしで、いきなり姿を現した。しかも全身にバッフバフのパウダースノーを纏って。「オイオイオイオイ! なんだよ突然!」。そういいながらも僕は破顔の笑顔で、AK行きの飛行機に飛び乗ったのである。

ついに雪の知らせが

たった一晩でこんなに積もった。あまりに嬉しくてアホになってしまった塚原聡とホーボージュン。

今年は雪が遅かった。例年ならば11月の立山がスノーシーズンのキックオフになるのだが積雪が足りず、今年は入山を見送った。

12月に入っても一向に雪は降らなかった。いつもならツイッターのタイムラインには北国のライダーたちの初滑りカットがずらりと並ぶのだが、今年はその気配がまったくない。スキー場のオープンも軒並み遅れ、スノーボードが大好物の僕は、しょんぼりうなだれて師走を迎えたのである。

そんななか突然冬将軍がやって来たのだ。12月6日のことだ。予想天気図を見るとこれから週末にかけて北海道にえげつないほどの大雪が降りそうだった。「オイオイオイオイ!」

僕は慌てて北海道の友人たちに電話をかけてようすを聞いた。サッポロ、ニセコ、大雪、そして赤井川。いろいろ聞いてみると、どうやらキロロがスゴそうだった。

赤井川在住の山岳ガイド・塚原聡(ツカちゃん)は「昨日まではゲレンデも牧草地みたいだったけど、いきなり真っ白だよ。きっと今週末はヤバイよ」と言っている。

さらに「このままだと飛行機が飛ばなくなるから急いだほうがいいよ」とも。むーん。これはなんとしても行かねばなるまい。僕は慌ててスノーボードを引っ張り出し、ビーコンの電池を新品に替えた。そしてネットで格安航空券を予約すると、そのまま始発電車に乗り、羽田空港から北海道へ。待ちに待った雪のなかへと飛んだのである。

いきなりの通行止め

今回のツアーメンバー。

「はうっ……!」。新千歳空港のビルを出た瞬間、あまりの寒さに心臓が止まりそうになった。気温はマイナス6℃。吸い込んだ寒気で肺の奥がグッと痛む。まるで強い煙草を不用意に吸い込んだときみたいだ。

寒いだけでなく、雪もすごい。レンタカーに荷物を積み込んでいるあいだにも屋根にどんどん雪が積もり、僕の頭は真っ白になった。カーラジオでは千歳の滑走路の除雪が追いつかずに一時閉鎖になり、飛行機が何便か引き返していると言っていた。あぶねー。あやうく引き戻されるところだった。

とりあえず道央自動車道に乗って赤井川を目指すものの、途中から地吹雪となり札幌の手前で通行止めになってしまった。「なんだよー」

降るのは嬉しいが、降りすぎだ。結局赤井川にたどり着いたのは日没後。本当は山に入る前にゲレンデで足慣らしをしたかったのだが。

山岳ガイドの渡辺敏哉さんは利尻島でペンション「レラモシリ」を経営しており、この夜は自慢の料理の腕を振るってくれた。

「明日はシーズン初滑りなんだからさ、のんびり行こうよ」とツカちゃんになだめられる。

そういいながらツカちゃんはワックスがけに余念がない。やる気満々である。そらそうだ。こんなパウダースノーを前にして燃えないわけないのだ。

いざ、バックカントリーへ

キロロマウンテンクラブで情報収集をし入山届を出す。

翌朝9時にキロロスキー場内のマウンテンクラブへ行き、入山届とツアー計画書を提出した。

ここキロロでは2016年シーズンにバックカントリーのルールが設定された。リフトアクセスでスキー場エリア外へ出るライダーは会費を払ってクラブ員登録し、入山届を出したうえで指定ゲートからアプローチする。その際はゲートキーパーによるビーコンチェックや安全喚起が行なわれる。

山麓の気温は-10℃、山頂は-15℃と冷え込んでいた。

雪山は自己判断と自己責任が基本だが、増え続ける雪崩事故や遭難事故を防止するために、こうしたローカルルールを制定する取り組みが日本各地で進んでいるのだ。

今回いっしょに入山したのは8人。ツカちゃんの「北海道バックカントリーガイズ」と利尻の山岳ガイド渡辺敏哉さんが共同開催する2デイツアーに参加した面々で、参加メンバーはスキルの高いベテランばかり。僕としては心強いキックオフとなった。

「ビーコンチェックします」。ビーコンのスイッチを発信モードにし、山頂ゲートからバックカントリーエリアへ出た。すると、そこはもう足跡ひとつない真冬の原野だった。

緊張と高揚で胸が高鳴る。ここが冬への入り口だ。それにしてもスゴい積雪だ。キロロの山頂付近の積雪量は昨日までわずか30㎝しかなかったものが一昼夜で110㎝になったという。冬将軍おそるべし。

憧れの聖地・AK

笹藪が埋まりきってなく山麓のハイクアップはけっこう大変だった。

シーズン初のハイクアップはけっこうハードなものだ。雪が根雪になっておらず、沈み込みが激しい。スノーシューがなければ一気に腰まで埋まるような軽くて粗い雪だった。

至るところに笹藪や灌木があり、何度か足を踏み抜いた。降りしきる雪が世界を真っ白に塗りつぶしていた。

それでもときおり雲が動き、風で飛ばされた雪の向こうに稜線や斜面がのぞく。そのひとつひとつをつぶさに観察しながら、ツカちゃんは今日のルートを組み立てていった。ここ「AK」はツカちゃんの庭だ。すべての斜面、尾根、沢、そしてパウダーゾーンを知り尽くしている。

だれもいない山林を登り続ける。降りしきる雪が音を吸収し、凄まじい静寂があたりいったいを包んでいた。The Sound of Silence.

この「AK」というのは「AKAIGAWA」の略なのだが、ご想像どおり米国アラスカ州の略称である「AK」にかけている。

アラスカはバックカントリー好きにとって憧れの地だ。僕は一昨年はじめて厳冬期のアラスカを訪れたが、そのスケールの大きさと自然の厳しさに圧倒されっぱなしだった。

このときはスペシャルチューンされたスノーモービルを駆って氷河地帯の奥へと分け入り、とてつもなく巨大な斜面を滑った。それは僕のスノーボード人生を塗り替えるようなできごとで、その日の夜は興奮で寝付くことができず、夜空に広がったオーロラを眺めながらいつまでも起きていた。

オープンバーンで喜びを爆発させるツカちゃん。

その日の日記に僕は「雪山を滑っているのではない。僕は地球を滑っているのだ」と書き記した。まさにそんな感覚だった。

若いころにアラスカ遠征を繰り返していたツカちゃんはAKに対する思い入れが強い。だからこそ、このエリアのあちこちに「AKサイド7」とか「AKスパイン」などの名前を付けて大事に滑っているのだ。

そしてじつをいうと彼は今度の4月に常連のお客さんを連れてのアラスカ遠征ツアーを計画している。AKでスキルを磨いたライダーたちを連れ、AKへ凱旋するのだ。なんかいい話ではないか。

ドロップ・イン

パウダー風呂に胸まで浸かりながら滑降する敏哉さん。顔中粉雪だらけなのだ。

「じゃあ一発目行こうか」。スティープな斜面の上に出ると、僕らは滑降の準備にかかった。上からは見えないが、この先のノールの下にはちょっとしたオープンバーンが広がっているらしい。

「ドロップします!」。先に降りたカメラマンにそう無線連絡を入れると、まずはツカちゃんが偵察のために下に降りていった。雪が深く、スピードが乗らない。しかしノールを超えてその姿が見えなくなった瞬間、真っ白な谷間に「ひゃっほーー!」という雄叫びがこだました。

2日間に渡ってバフバフのパウダーを堪能! メンバーには終始笑顔と歓声が絶えなかった。

だれにとってもシーズン初のパウダーは特別だ。シーズンに何十回と同じエリアを滑るプロガイドにとってもそれは同じなのだ。

しばらくして無線連絡が入った。「僕のラインのスキーヤーズレフトが大きく空いてます。そこから右に大きくまわり込んで、あとはフォールラインに落としてきて下さい! 雪は深いです!」。その指示に従いつつカラフルなウエアが次々に飛び出していく。

「わおー!」「ひゃー!」。巻き上がった粉雪の向こうから歓声が聞こえてくる。それを聞いているだけでこっちもワクワクする。やがて僕の順番がやって来た。嬉しくて笑いが止まらない。

「ジュンさん、左奥の林側がまだオープンです。どうぞ」「了解です!」。大きく両手を広げると僕は真っ白い谷へと飛び込んでいった。

この日の雪は信じられないほど軽く、メンバー全員がバフバフのパウダーを堪能した。敏哉さんに至っては胸まで埋まる〝パウダー風呂走法〞を披露してメンバーたちを大いに沸かせた。だれもが笑顔で、だれもが雪まみれだった。

そのあと3回ほど登り返して別の斜面を滑ったが、雪の勢いは最後まで衰えず、僕らが歓喜とともに刻んだトラックは、みるみると雪に覆われてしまった。

まさかシーズン初日にこんなパウダー当てるなんて! キロロ恐るべし! AK恐るべし!

ユニバーサルグライド

翌日はキロロを離れ、赤井川の某所にあるシークレットポイントへ滑りに行った。SNS全盛のこの時代に「人知れず存在するポイント」というのはなかなかないが、ここはだれにも知られていない穴場だった。おかげでこの日も僕らはどん深のパウダー風呂に浸かり、盛大に雪煙を浴びた。

このパウダースノーの浮遊感を、いったいなにに例えればいいのだろう? 積もりたてのパウダーは、口に入れた瞬間に溶けてなくなる綿菓子のような、あるいは泡立てたばかりのメレンゲのような、軽く、はかなく、脆い存在だ。それでいて水のように滑らかで、スポンジのように弾力がある。

スノーボードでパウダーを滑ることを〝スノーサーフィン〞と呼ぶが、まさに波乗りのような感覚がある。そしてそれは一度体験しまうともう心を捉えて放さない。

僕がスノーボードを始めたのはすごく遅く、36歳になってからだ。最初はそのスピード感とターンのキレ、そして板をコントロールする楽しさに夢中になった。やがてニセコでバックカントリーの世界を知ると、パウダースノーに乗ったときのグライド感(滑空感)の虜になった。それからはひたすら山へ入るようになった。

やがて自分の足で登り、気持ちのいい斜面を求めて山のなかをさすらううちに、今度は滑ることだけでなく、雪山全体に目を向けるようになったのだ。まるで鳥が空の高みから地上を鳥瞰するように、山や地形、風や雲の流れなどを俯瞰するようになっていった。

それはもはやスノースポーツではない。なんと呼んでいいかわからないけど、もっと禅的でユニバーサルな行為だった。僕のスノーボードはただのスポーツ用具ではなくなった。それは雪山を滑空する翼であり、大自然を旅する道具となった。

「雪山を滑っているのではない。僕らは地球を滑っているのだ」。いつか感じたあの感触は、どこにいても強く僕を捉えている。アラスカの大斜面でも赤井川の裏山でもそれはまったく同じだ。

僕らは自然と遊んでもらっている。僕らはいつも地球と遊んでもらっているのだ。

今年も冬がやって来た。見渡す世界はもう真っ白だ。春になりこの世界がまた緑に塗り替えられるまで、僕はグライドし続けようと思っている。

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フィールドライフ 編集部

フィールドライフ 編集部

2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。

フィールドライフ 編集部の記事一覧

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