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ビッグウェーブの世界へ◎17歳サーファーの挑戦<前編>

選ばれし者だけが見られるサーフィンの新たな領域

ハードコアなサーファーがしのぎを削るビッグウェーブの世界。選ばれし者だけしか踏み入ることができない領域に、弱冠17歳の若者が足を踏み入れた。
◎出典: NALU(ナルー)no.116_2020年4月号

サーファーなら誰もが憧れるハワイの聖地へ

今まで僕が置かれていた環境のお陰であの波に乗ることができたんだと思う。物心ついた時には自分で波の上に立っていた。それもそうだ、生まれたばかりの赤ん坊のころから大が付くほどのサーフィン好きの父のロングボードの先端に乗せられてサーフィンをしている。小学校に入学すると冬休みに毎年、ハワイ諸島のカウアイ島にサーフィン修行に家族で通っていた。父がビッグウェーブでサーフィンするのが大好きだったというのもあって小さいころからKi surfboard(父のスポンサー)のキッズガン(子供用のガン)に乗って、沢山のビッグウェーブを見てきた。父もそうだが僕の周りには沢山のクレイジーなビッグウェーバーがいた。

そんな僕が初めてビッグウェーブにトライした時のことを、今でもしっかり覚えている。小学6年生で行ったカウアイ島での出来ことだ。ゆうに10 ftを超える波がハナレイベイポイントにやってきた時だ。父に連れられ、一緒に沖に出た。初めて間近で見るビッグウェーブには背筋を凍らせるものがあった。じっと波を待っていると、僕の目の前に大きく、でも美しい波がやってきた。悩んだあげく意を決してパドルした。波のボトムに降りるまでいつもより数倍長く感じた。そしてその波を上手く乗ってプルアウトすると、僕は今までにない満足感でいっぱいだった。この経験を得られたのも、この波に連れて行ってくれた父のお陰だと思う。だってこんな命懸けで危険な海に小学生を連れて行く親が日本に何人いるだろうか。僕は自分の息子ができても、連れていける自信はまだない。そんな経験を小学生の時にさせてもらっていた。

そして中学校に入学した年の冬休みから、カウアイ島ではなく、同じくハワイのオアフ島に狙いを定めた。そこには僕が昔から憧れていた間違いなく世界一有名なポイント、パイプラインがある。世界で一番美しくて、一番危険な海と言われている。命を落とした人も沢山いる。オアフ島には同世代のサーファーも沢山来ていた。みんな毎日波に乗ろうと必死だ。僕も去年の冬もパイプラインに挑んでいた。でも、そんなにいいライディングができたわけでもなかった。

オアフ島にあるのはパイプラインだけではなく、世界トップレベルのサーフポイントが沢山ある。その一つがワイメアベイだ。ワイメアの波はパイプラインなどの横に滑る波ではなく、今回の足摺岬のようなまっすぐ滑る波だ。波の高さはオアフ島でナンバーワンだと思う。でも、パイプラインを滑るためにオアフ島に来たのに、なぜかワイメアでサーフィンしてる時の方が心踊っている自分がいた。パイプラインももちろん好きだが、ワイメアもそれに負けないくらい大好きだった。パイプラインにこだわる理由は多分同世代のサーファー達が集まっていたからだろう。その中で一番になりたい自分が いたと思う。僕がコンペティターになった理由もそうだろう。とにかく同世代の中で勝ちたいという気持ちが凄く強かったんだと思う。でも、大きい波に乗っている時はそんなことをすべて忘れて自分との勝負になる。人と戦うのも好きだけど、自分自身とって波を乗ることが本当のサーフィンかもしれないと薄々気づいてきた。

バリ島クラマスの波で、まさかの出来事が

話は変わって、昨年4月バリで行われたJPSAクラマスのことになる。僕はそのプロトライアルに出場していた。順調に勝ち上がり調子もどんどん上がっていた。調子は最高によかったからこの試合でプロ合格しようという気持ちでいっぱいだった。波を待っていると僕の目の前にセットがやってきて、その波にテイクオフすると、目の前にはほれたショルダーがメリメリと立ち上がってチューブを作ろうとしてくれた。僕はチューブに入れる様に腕を波に突っ込んでスピードを落とそうとした瞬間、ゴキ! 今までにない痛みを肩に感じた。そう脱臼したのだ。僕はなんとか負傷した右肩を押さえその波にからプルアウトした。ワイプアウトしなかったのが不幸中の幸いだ。だが、岸に上がろうにも肩が上がらない。何せ初めての脱臼でパニックに陥っている。水上バイクのライフガードにレスキューしてもらい、救急車に乗せられて病院に搬送されることになった。

肩が外れたままなので、ただでさえ痛いのに道が悪い所を救急車が走ると、クルマは揺れ、激痛が走る。1時間半かけて病院に到着するなり、麻酔師がいないというハプニングが起き、病室で3時間待たされた。その時間は今まで生きて来て、一番最悪な時間だった。麻酔師が到着し、肩を無事に治してもらうとともに4週間のサーフィン禁止令を言い渡された。試合は棄権という形で幕を閉じた。

▲西村昇馬(しょうま):2001年生まれ。佐賀県唐津市出身。豪州の高校に通いながら、コンペティターとして活動。期待のヤングガンだ

G-Landにサーフトリップへ

ようやくまた海に戻り肩の痛みをあまり感じなくなった時に、たまたまインスタグラムで動画を見た。それはG-Landと呼ばれるインドネシアのチューブパラダイスだ。波もクラマスよりサイズがある。僕は中1の時に父に連れられ行ったことがあった。このG-Landは父が20年以上通い続けていたお気に入りのポイントだ。心の底からもう一度行きたいと思った。冗談で母に次の休みにG-Landに行きたいと言ったら、母はそう言うと思っていたとフライトのケットを取ってくれた。肩もやっと治ったばっかりだったから、正直なところ絶対ダメと言われる思っていたのだが。

あいにく父はその時仕事に追われていたため、僕一人で行くことになった。G-Landにはサーフキャンプと呼ばれる宿が四つあるだけだ。まさにサーフィンのためだけの島だ。一人旅は初めてで不安だったが、それよりも新しい友達を作ることで頭はいっぱいだった。G-Landに到着すると初日からとてつもない波がブレイクしているのがボートからでもわかる。すぐにボートから降り、急いでキャンプに向かいウェットスーツに着替えサーフィンをしに行った。この旅のスタートは華麗なるワイプアウトで幕を切った。久しぶりのエキサイティングウェーブに興奮が止まらなかった。

キャンプの食堂に向かうと同じキャンプのオージーのサーファーが同じテーブルに座らないかと誘ってくれた。その時G-Landに来ていた日本人は僕だけだったようだ。そして僕が最年少だった。席に座るなり、僕はみんなと今までに乗ってきた波の武勇伝について語り合った。楽しかった。同じくビッグウェーブを求めるサーファーが沢山いて、話がとても合う。肩のこともみんなに話すと、もし外れた時は絶対助けると誓ってくれた。こんな感じで、僕のG-Landライフは一瞬で過ぎていった。この旅のお陰で大きい波への恐怖心と脱臼の心配もだいぶほぐれた。まだまだイケると思った。この旅ができたのもすべて両親のおかげだ。もちろん金銭面もあるが、僕を信じて一人で行かせてくれたことは簡単ではなかったと思う。

ビッグウェーブの世界へ◎17歳サーファーの挑戦<後編>

ビッグウェーブの世界へ◎17歳サーファーの挑戦<後編>

ビッグウェーブの世界へ◎17歳サーファーの挑戦<後編>

2021年10月24日

出典

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NALU 編集部

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テーマは「THE ART OF SURFING」。波との出会いは一期一会。そんな儚くも美しい波を心から愛するサーファーたちの、心揺さぶる会心のフォトが満載のサーフマガジン。

NALU 編集部の記事一覧

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