
チキン南蛮発祥の地ならではのルート名が名付けられたエンドウォールのクラック|筆とまなざし#415

成瀬洋平
- 2025年03月26日
チキン南蛮の名店の名前が付けられたクラックルート
エンドウォールはエリア1、2、3と大きく三つに分けられている。初日はもっとも近いエリア1、翌日はエリア3、その後はまた考えるつもりでいたが、登ることができた3日間の全てをエリア1で登った。
岩場は北向きの杉林のなかにあり、黒くて水捌けの悪い土壌で湿気が篭もりやすい場所だった。整備されたルート以外はびっしりと苔に覆われていて、掃除がいかに大変だったかを窺い知ることができる。植生や土壌の雰囲気は笠置山に似ている。
前日降ったの雨の影響で森全体が湿り気を帯び、岩も濡れているところが多かった。一段上のハンドクラックとワイドクラックが濡れていないように見えたが、表面は湿っぽく、クラックの奥はしっかりと濡れていた。ちなみに、ハンドクラックは「おぐら」(5.9)、ワイドクラックは「直ちゃん」(5.10a)というルート名で、どちらもチキン南蛮の店名である。延岡といえばチキン南蛮。その発祥の店が延岡駅の近くにある「直ちゃん」だといわれている。チキン南蛮といえばタルタルソースを思い浮かべるが、元祖はタルタルソースがかかっていないというからおどろきだった。さっそくその日の夕食に直ちゃんへ向かった。
ホテルから歩いて10分ほど。さすが人気店だけあって順番待ちの賑わいである。良心的な価格でボリュームも満点。タルタルのかかっていない甘酢味のチキン南蛮はしっとりとした衣が特徴で、ムネ肉を使っていてあっさり。いうまでもなくとても美味しかった。ちなみに「おぐら」は延岡に3店舗ある洋食屋さんで、タルタルソースのかかったお馴染みのチキン南蛮らしいが、街中から外れた場所にあるため今回は食べることができなかった。
Sさんのカナダ遠征に向けてのクラックトレーニング
さて、話をクラック合宿のことに戻そう。最近、ガイドさんとの海外遠征のためにクラックを練習したいという方が多い。昨年11月からクラック講習に参加してくださるようになったSさんもそのひとりである。
「勢いでカナダのバガブーに行くって言ったんですが、クラックのマルチだってあとで知って(笑)」
フェイスでは5.11を登る実力があるもののクラックはほとんどやっていなかった。フェイス力があることと研究熱心なお人柄のため、瑞浪講習に何度か来ていただくと前傾ハンドクラック「ハッピークラック」(5.10a)を登ることができた。そして今回のクラック合宿にも参加してくださることになったのだ。
目標はエリア1の看板ルートのひとつ「シン・むささびクラック」(5.10c)。このルートは今回の旅でもっとも印象的なルートで、ジャミングはよく効くものの岩の形状が複雑で薄かぶり。ハンドやフィストのほかにワイドクラック技術も求められる。瑞牆山十一面岩の「ペガサス」を彷彿とさせる好ルートである。トポでは20mと書かれているがロワーダウンすると50mロープほぼほぼいっぱいになるくらいのスケールがあり、なかなかタフなルートである。Sさんはこのグレードのクラックを触るのは初めてだが、核心部のジャミングを研究すると終了点まで登ることができた。
「最近、フェイスでは行き詰まりを感じていたけど、クラックはどんどんできることが増えていくから楽しい!」
最初は遠征のために必要に迫られて始めたでクラック。けれど、いまはクラックそのものを楽しんでいる。クライミングは基本的に自己満足なのだが講習は自他満足だ。インストラクター冥利に尽きるお言葉にこちらもうれしくなる。
4月からは小川山での講習が始まる。「カサブランカ」に「ジャックと豆の木」。できれば「クレイジージャム」で仕上げて彼の地へ出発してもらいたい。Sさんの遠征に向けたトレーニングが、目下、ぼくの大切な仕事である。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。
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