『山と高原地図』はどう作られているのか。その裏側に迫る
PEAKS 編集部
- 2020年03月23日
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等高線のみで表現される国土地理院の「地形図」に対し、さまざまな情報が記載される「登山地図」。そんな登山地図の代表格である『山と高原地図』はどうつくられているのかをうかがいました。
“あの地図”ができるまで
日本全国58エリアの有名山域を網羅する、昭文社の『山と高原地図』。なかでも屈指の情報量ではあるまいか、「西上州妙義山・荒船山」を手に取ると、記載された書き込みの多さに舌を巻く。
「おかげで林道線が見えにくい、なんておしかりを受けることがあり、全体としては減らす方向で考えているのですが……」。なかなか難しい山域ですし、見てほしい景色もたくさんありますので。そうつぶやいて、苦笑い。
さらには、ピーク付近のルートを解説した図が5点掲載されている。「妙義山など山頂付近がややこしいところには、詳細図があったほうがいいだろうと提案させてもらいました」
にこにこしながら話すのは、「西上州妙義山・荒船山」の執筆者である打田鍈一さん。その笑顔には、西上州の山々への限りない愛情と、徹底的な踏査を基にしているという静かな自負が漂う。
西上州の山々との出合い
「20歳くらいで山をはじめ、最初は北アルプスなんかに出かけました。けれど、山行を重ねるごとに、山のすばらしさよりも、その混雑さが不満に感じられてしまったんですね」
そこにはもうひとつ別の思いも。古いにしえの山岳書籍にあるような、ロマンのある登山がしてみたい。「明瞭すぎる登山道を歩くのではなく、道なき道をゆく、パイオニアワークのような山登りに憧れていたんです」
勤めていたこともあり、山行は日帰りかせいぜい2日。短時間で充実感を得られる山はないか……。「そうしてたどり着いたのが、標高が低いながらも、険悪な岩峰と道形不詳な、西上州の山々だったわけです」
1970年代の半ば、当地を訪れる登山者は少なく、山里に暮らす人たちの踏み跡がわずかにあるばかり。情報の少ないなか、読図力と登攀能力、感性をフル回転させる登山で技を磨き続けてきた。
そして、のちの地図製作へとつながる架け橋がもうひとつ。宝物ですと笑いながら、古いノートの束を取り出した。「はじめたころから、山行記録をつけていました。自分へのガイドブックとしてですね。記録を書き終えるまで、次の山に行けないくらい、夢中でした」
そこには手描きの地図と行動記録、登山中に気づいたアイデア、そして山行日誌がていねいに綴られている。打田さんが『山と高原地図』に携わる背景には、こうして歩んできた道があった。
地図製作の世界へ
『山と高原地図』は1965年、『山岳地図シリーズ』として発売が開始された。当時は「六甲山」、「金剛山岩湧山」、「大山」の3エリアからスタート。打田さんが製作に携わったのは、1989年からだという。
「ずいぶんと通っていますから、地元の方とも濃い付き合いをさせてもらっています。それでも管理が行き届いた登山道ではなく、営業小屋もないため、外部からの情報ソースが少ないんですよ」
そのために何度も何度も歩き、登山道の状況を丹念に確認する。そんななか、必要に応じて、地名を創作することもあるという。
「たとえば、毛無岩の“赤松の休み場”という地名は、そこに旧来からの呼称がないことを地元の方に確認したうえで、わたしが名付けました。ポイントになる地形ですからね。事故があったときに、地名があることで、登山者、救助側の共通認識となり、現在地が的確に伝えられますから」
そこは、数本の赤松が立つ、休憩適地。上り下りで共有できる名前をと考えて名づけたという。そうしてまた、毎年、新しいコースを2、3追加してもいる。西上州を訪れる人が増えれば、道はさらに明瞭になり、あの景色を楽しんでもらえる――。一枚の地図には、そのような思いが込められている。
『山と高原地図』の使い方
地図製作を引き受けた当初、難所として知られる妙義山の主稜線は赤実線で表記していた。「もちろん危険ではありますが、きちんと整備され、管理の行き届いた登山道ですからね」
ところが、高尾山と同じ赤実線でよいのか、という疑問の声に、考えを改める。「このように、実線か破線(バリエーションルート)か、そしてコースタイムなどは、すべて執筆者の主観がべースなんです。使う方々には、まずその点を認識していただければと思います」
等高線という客観情報のみで表した「地形図」に対し、懇切ていねいな情報が売りの「登山地図」。しかし、その情報は執筆者が汗をかいて集めたものだ。
「等高線が見えにくいので、平らな道を歩いていけるようにも思えてしまう。ことに妙義などは小さなピークがたくさんありますから、思った以上に時間がかかる。赤実線のコースでも、あたりを見渡し、現在地を確認しながら、一生懸命考えて歩いてほしいと思います」
また、付属の冊子にもぜひ目を通してほしいという。「2万5000分の1地形図なら分かる行程が、5万分の1表記の登山地図では分からないことがある。そんなときも、ここを読めば、得られる情報がありますから」
そうして、「あとがき」には執筆者の思いが発露しているとも……。控えめな言葉の背後に広がる思い。それらに触れると、登山地図は読み物のような味わいが立ちのぼる。「執筆者の嗜好は表れるでしょうね。“白馬岳”には花の名前がたくさん出てくる。西上州には売りになる花が……」
ミョウギイワザクラのことは書いたかな、書いてないわなあ、花なんか見てる暇ないもんなあ。そうつぶやき、笑い飛ばす。「もちろん、客観性を求め、正確さを第一に踏査はしています。そのうえで、これは打田鍈一の表現なんだ、と思っていただけたら、非常に嬉しいですね」
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。