筆とまなざし#170「毎年この季節に描く花。春の訪れを感じさせるオオイヌノフグリ」
成瀬洋平
- 2020年03月23日
春の訪れを教えてくれる花、オオイヌノフグリ
先週、岐阜では季節外れの雪が降り、この冬にしては珍しく数センチの積雪がありました。それもすぐに溶けて3日前からは4月のような暖かさ。枯れ草ばかりだった田んぼの土手にも緑色の草が顔を出し、色彩は少しずつ、でも確実に春の装いへと移り変わっています。
春いちばんに咲く花といえばオオイヌノフグリ。青紫色の小さな花が茶褐色の土手一面に咲き始めると本格的な春の到来を感じ、毎年のように絵に描いています。アトリエ小屋の近くには姉夫婦が経営するパン屋があり、その庭に梅の木が数本生えています。甘い香りの漂う梅の木の下に、今年もオオイヌノフグリが咲き始めていました。
どの花を描こうか。スケッチブックを持って歩き回ります。ちょうど梅の木の根元に大きめの花が咲いていたので腰を下ろし、早速スケッチブックを広げました。最初は座って描いていたけれど、どうも花との距離が遠すぎる。腹這いになって顔を花にぐっと近づけると、それまでぼんやりしていた花弁がはっきりと見えるようになりました。少しだけ湿っぽい土。かすかに香る草いきれ。子どものように地面に這いつくばって花を眺めるのは楽しい時間。大人になってもそうできるのは絵描きの特権でしょうか。
しばらく描いていると腕が痺れてきたり腰が痛くなったりするので、体勢を変えながら5つの花を描きました。うーん、なんだかアンバランスな配置。しかしこの時間をすごすことに意義があるのだから良しとしよう。水彩絵の具で着色しているとパン屋からパンとコーヒーの差し入れが届きました。暖かな日差しの下、梅の香りを嗅ぎながら絵を描き、パンとコーヒーでひと息。姪っ子が最近飼い始めたトイプードルのクーを連れてやってきて、世間話をしながら絵筆を動かしました。
ここのところ遠方でのクライミング講習会が続き、忙しなく移動する毎日でした。そんななかでほっとする時間と場所がある幸せ。冬の間に縮こまった身も心も柔らかく解きほぐされていくような昼下がりのひと時でした。
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