筆とまなざし#174「カモシカの子ども、花咲くツツジ。身近な自然で感じる季節の変化」
成瀬洋平
- 2020年04月23日
近くの山でカモシカの子どもと出会って。
遠出ができない毎日です。けれども近くの自然によって季節の変化を感じるのは楽しいもので、アトリエの周りではツツジが咲き、ワラビが顔を出しました。いつの間にか春がすぎ、少しずつ初夏の気配が漂い始めています。
最近、近くの山でカモシカの子どもを見かけるようになりました。たいていいつも同じ場所にいて、そこを通るたびに出会うのです。カモシカはあちこちでたくさん見かけるのですが、子どものカモシカを見たのは初めてでした。調べてみると、カモシカの繁殖期は秋ごろで春から初夏にかけて出産します。子どもは1年程度で独り立ちするらしい。ということは、この子どもは昨年生まれた個体ということになります。ムクムクしていて身体に対して大きな頭。やはり子どもはどんな動物でも可愛いものです。
初めてカモシカを見たのは中学生のときでした。村を取り囲むように連なる山には谷沿いに林道が走っていて、春になると仲間とキャンプに行くのが恒例。ある夏の日、ふと思い立ってひとりで自転車で山に出かけました。林道を登り峠を越えると山向こうの集落へ下れます。そこは中学生にとってはちょっとした冒険旅行でした。
勢いよく林道を下っていくと、道の真ん中に毛むくじゃらの獣が立っていました。慌てて急ブレーキをかけました。それが初めて見たカモシカでした。カモシカといえば天然記念物。最近は近所でも見かけるようになりましたが、当時は山奥にしかいない動物でした。驚きと感動と興奮が入り混じった気持ちで立ち尽くしていたのですが、困ったもので、カモシカはずっとこちらを見据えて微動だにしないのです。このままでは下れません。仕方がないので、しばらくしてから小石を放り投げると飛び跳ねながら森のなかへと消えていきました。
こちらを見据えて微動だにしないのはカモシカの習性で、最近出会う子どももじっとこちらを見ています。車から降りて写真を撮り、絵のモチーフにすることにしました。
生活の根本を見直すとき。科学技術、そして野生の科学が息づく芸術分野を信じて。
世界中が大きな危機を迎えています。ぼくらは、生活を根本から見直さなければならないときに直面しているのでしょう。ウィルス自体ももちろん恐ろしいけれど、見えない恐怖によって人々の心が知らぬ間に荒んでいくことも恐ろしい。科学技術は、きっとこの危機を乗り越えさせてくれるでしょう。そして、歌や言葉や絵など、いまなお野生の科学が息づく芸術の分野もまた、人を生かすための一助となると信じています。果たして自分にその力があるのか。カモシカの黒い瞳が、静かにそう問いかけてきます。
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