筆とまなざし#193「友人に気づかされた、横位置の甲斐駒ヶ岳の姿」
成瀬洋平
- 2020年09月16日
甲斐駒ヶ岳は縦の風景だと思っていたけれど、横もいい。
長野県富士見町に住む友人に頼まれて甲斐駒の絵を描きました。いわずと知れた南アルプスの秀峰、甲斐駒ヶ岳。稜線からはもとより、麓からもこれほど大きく、威風堂々とした山容を見せてくれる山はほかになかなかありません。山の上からだと仙丈ヶ岳へ登る途中の小仙丈あたりが良いスケッチポイント。かつて縦走しながら絵を描いた思い出があります。小渕沢から見上げる甲斐駒は摩利支天を従えていて力強さと凛々しさが印象的。山麓の風景を入れるなら横位置になりますが、そびえ立つ山の迫力を表現するなら縦位置のほうがいい。麓から甲斐駒を描くなら縦である、そう思っていました。
ところが、友人から資料として送られてきた甲斐駒の写真は横位置でした。友人宅の近所で撮影した写真らしく、小渕沢から見るそれとは少し趣が異なり、端正な三角形をした山容でした。そういえば、かつてこの角度から見た甲斐駒も描いたことがあり、そのときは縦位置で描いたことを思い出しました。
「送ってもらった写真は横だけど、絵は縦でも良い?」
友人にそう伝えると、
「そうなんだ、横位置だと思ってた。もちろん縦でも大丈夫だよ」
とのことだったので、先週のうちに縦位置で仕上げたのでした。
ところがこの週末のこと。瑞牆山へクライミングに向かう途中で富士見からあらためて甲斐駒を眺めてみました。なるほど、ここから見る甲斐駒は手前の山の連なりも手伝って、高くそびえるというよりも横に広がりのある印象を受けます。うーむ、縦で描いた一枚も捨てがたいけれど、一度気持ちに引っかかるものができてしまったらそのままにしておくことはできない……。なにより、その場所で暮らしながら日々眺めている友人の印象は絶対的なものに思えました。
今回のテーマは「夏の甲斐駒」。緑と青を基調に、南アルプスから流れる鮮烈な水をイメージしながら爽やかな一枚に仕上げました。うん、たしかに横位置の甲斐駒もなかなかいい。
天高くそびえる甲斐駒は縦位置で描くものだと思い込んでいたけれど、同じ山でも見る位置によっても伝えたい印象によっても描き方が異なってくる。そして、その山を眺めながら暮らす人々のイメージの大切さに気づかされた一枚となりました。
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