食欲と紅葉が誘う秋の穂高岳・前編
PEAKS 編集部
- 2021年09月29日
INDEX
無機質な岩肌も、夏をすぎれば華やかになる。それを知ったのは、山で遊ぶ楽しさを覚えてからだ。さぁ今年もニッポンの山に、世界のカラサワに、燃える秋がやってくる。
文◉山畑理絵 Text by Rie Yamahata
写真◉茂田羽生 Photo by Hao Moda
取材期間◉2017年9月26日~28日
出典◉PEAKS 2018年10月号 No.107
涸沢ベースで岩峰を身軽にピストン!
いつかは、涸沢。そう思ってからあっという間に9年の月日が経ってしまった。
これまで、上高地には何度も出かけた。上高地周辺を散策したり、岳沢小屋で1泊して眼下に広がる上高地を眺めたり、小梨平のキャンプ場に前泊して焼岳に登ったり。
そういえば、初めてのテント泊は徳澤のキャンプ場だった。初日はのんびり徳澤まで歩いてテントで1泊。翌朝、パノラマコースを経由して屏風ノ耳まで歩いた。
その日は、まさに夏真っ盛りというような絶好の山日和で、岩稜帯のてっぺんから見下ろしたカラフルな涸沢カールと、自分の目前に対峙する穂高の美しさは、「日本にこんな場所があったんだ……」と、もう本当に本当に衝撃だった。
当時、働いていた音楽プロダクションを辞めたばかりで、ずる賢い大人たちに囲まれた社会と、自己主張の強い都会に辟易としていた20歳そこそこの自分。そんなひとりの若者の遊び場を街から山へと変えたのは、いま思えばこの体験が大きかったかもしれない。
「いつか涸沢でテントを張って寝てみたい」
そう思ったあの日から9年。ずっと山にハマっているのに、なぜかなかなか涸沢に行く機会を作れないでいた。
ニッポンには、四季がある。カラサワには、紅葉がある!
「涸沢って、そんなにスゴイところなんスか?」
ある夏の日、山仲間との飲みの席で、たまたま涸沢の話題になった。そこに同席していた登山歴1年目のカメラマンの茂田さん(愛称モダ)は、涸沢がどんな場所なのかあまり知らないようで、「へ~、涸沢って山ヤの聖地なんスね」と、山の先輩たちのトークを興味深そうに聞いていた。
彼はこれまでツール・ド・フランスなど自転車競技をメインに撮っていたが、最近「山を撮りたい」と、ちょこちょこ山に登りはじめたという。
「この前、テン泊装備も一式揃えたんスよ」
「じゃあ秋にいっしょに行く?」
そのときふと、今年の紅葉は涸沢にしてみようと思い立った。
じつは毎年、秋は必ずどこかしらの山へ紅葉を見に行こうと心に決めている。エリアや標高にこだわらず、夏の終わりくらいに、今年の紅葉はどこにしようかと、食指の動いた山に繰り出すことにしているのだ。
「見頃は9月下旬なんスね。スケジュール空けておきますんで!」
そんなわけで、9年越しの涸沢上陸を実現させるときがやって来たのだった。
*
さわんどバスターミナルにたどり着いたのは、深夜1時を回ったころ。
「夏と秋のハイシーズン中は車中泊をして、始発のバスに乗る人が多い」という山仲間のアドバイスどおり、すでに多くの車が停まっていた。
さわんどエリアには大小合わせて10カ所以上の駐車場があり、下調べしてこないと、なんとなく空いている駐車場に停めてしまう。けれど、バスはいくつもの停留所を回ってお客さんを乗せるため、待たずに乗るならバスターミナルがいちばん確実なのだ。
「おー、秋晴れっスね」
上高地へ降り立つと、くっきりと穂高の峰々が見えていた。梓川も美しいまでに透き通っている。
「まずは徳澤まで足慣らしね」
60ℓのバックパックに免疫がないモダはすぐに音を上げるだろうと思っていだが、「事前にベストフィッティングしてきましたんで」というだけあって、快調の模様。おぬし、なかなかやるではないか。わたしは久しぶりのテント泊。体力が心配だぞ……。
今回、山行計画を組むにあたり不安なことがふたつあった。
まずは、どれくらい混雑するのかということ。秋の涸沢がとんでもなく美しいのは周知の事実。みんながこぞって足を運ぶのは間違いない。
それに、涸沢カールにぎっちりと立ち並ぶテントの写真は、たびたび雑誌などで目にしている。天気が悪くない限り、夏のハイシーズン並み、もしくはそれ以上に混雑しているだろう。場合によっては、幕営スペースの確保も大変かもしれない。
紅葉のピークの目安は9月下旬。少しでも混雑を回避するため、平日の2泊3日で計画を立てることにした。
そして、もうひとつの不安は天候だ。せっかく行くのであれば、やはり晴れの日の紅葉最盛期にあてたい。けれど、複合的に考えると必然的に行く日が決まってくる。
「天気は水曜日から下り坂になるでしょう……」
よりによって、週の真ん中から崩れる予報。どうも雨は避けられそうにない。
モダは初めての北アルプスで、初めてのテント泊。涸沢まで行くなら奥穂高のピークも踏ませてあげたいし、なんなら下山はパノラマコースを経由して上高地へ、なんて見ごたえたっぷりのルートも頭のなかに浮かんだ。
けれど、欲ばりすぎは禁物。天気によっては涸沢で引き返すことも視野に入れることにした。
やっぱり山は晴れがいちばん。だけど、次第に怪しい雲行きに……。
まぁ時間が余れば、要所要所でおいしいものを食べてもいいし。むしろ個人的にはスポーツの秋より、食欲の秋。今回の主役は、紅葉とおいしい名物。そういうことにしておこうじゃないの。
*
徳沢を離れると一段と観光客が少なくなり、あたりはとても静かだった。涸沢まではおよそ4時間。横尾から先は徐々に傾斜がきつくなるが、樹林の合間から望む大きな屏風岩のおかげで、足取りはそこまで重くならなかった。
「おぉ、ずいぶんと色づいてるじゃないスか!」
涸沢へ近づくたびに視界はどんどん開け、それと同時に映る景色も色鮮やかになってくる。
「なんかCGみたいな空っスね」
雲ひとつない青空に、くっきりと続く山の稜線。そのふもとに、赤黄に身を染めた葉がこれでもかというくらいに映えている。リアルなんだけど、どこかリアルじゃないような不思議な光景。気が付くとおたがい夢中でシャッターを切っていた。
涸沢に到着すると、下山する人たちがちらほらとテントを撤収していて、心配していたよりも混雑はしていなかった。
「なるべく平らなところを見つけるといいんスよね?」
この日のためにテン泊のハウツー本を読んできたというモダ。率先して幕営場所を探しに出かける。
その間にわたしはテントサイトに設けられた臨時の受付所に並び、2日間の利用料と1000円でベニヤ板をレンタル。板をうまく使うことでフラットな寝床を作れるというわけだ。
のちに知った話だが、この週末には受付所や小屋のトイレに大行列ができ、テントの数は1400張にも及んだんだとか。やっぱりすごいよ、涸沢!
基地を完成させたのち、お目当てだった涸沢ヒュッテのおでんを食べに行く。太陽が出ているうちは半袖でちょうどいいくらいだったが、ときおり日陰になったり、風が吹いたりした途端に肌寒くなるので、アツアツの出汁が体中にジンワリ染みわたっていくのが本当に気持ちよかった。
静かに華やぐ涸沢の「夜と朝」
寝る前にテントを這い出ると、そこは別世界になっていた。
少し高いところから眺めようと、涸沢小屋のテラスに移動する。昼間は紅葉、夜は無数のテントの明かりが涸沢カールをドレスアップさせていた。
モダはしばらく写真を撮るというので、ひとりテントに戻り、ちびちびとウイスキーを飲みながら寝袋に深く身を沈めた。
>>>二日目…ついに奥穂高岳山頂を目指す 後編へつづく
>>>ルートガイドはこちら
※2021年9月下旬現在、北アルプスエリアは震度4以下の地震が続いています。お出かけの際は最新情報を得るようにしてください。
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文◉山畑理絵 Text by Rie Yamahata
写真◉茂田羽生 Photo by Hao Moda
取材期間:2017年9月26日~28日
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PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。