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竹内洋岳 【山岳スーパースター列伝】#08

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2015年10月号 No.71

 

山登りの世界を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
日本人として初めて8,000m峰14山を全山登頂したこの人の登場である。

 

竹内洋岳に初めて会ったのは1996年。登山雑誌で行なわれた座談会の席だった。その年、竹内は日本山岳会隊の一員としてK2(8,611m)に登頂しており、座談会はK2メンバーを集めてのものだった。

このチームはいまにして思えば豪華メンバーで、8,000m峰を8座登っている谷川太郎、この後、山岳ガイドとして活躍することになる松原尚之や稲葉英樹、現在ではサバイバル登山家として有名な服部文祥(当時は村田姓)などもいた。

豪華メンバーすなわち自己主張の強い面々で、座談会は谷川や村田を中心に荒れ気味に盛り上がった。そのなかで竹内はひとり口数が少なく、しゃべり続けるメンバーをにこやかに眺めているだけだった。背が高く、ルックス的には当時から迫力があったのだが、おだやかな性格の人なのだろう。

そのため座談会中の印象はほとんどないのだが、ひとつだけ竹内の発言で憶えていることがある。終了間際、今後に続く若い登山者になにかアドバイスを、と振られて、独特のひょうひょうとした口調で竹内が言ったことがそれだ。

「山を真剣にやりたいなら、大学8年まで行くのもありだよ……」

「ありじゃねーよ」といっせいにほかのメンバーに突っ込まれて、決まり悪そうに笑う竹内の表情が印象的だった。竹内は当時、立正大学の7年生で、この後、実際に8年生まで通った。つまり4留ということ。大学を3留した経験のある私は竹内の発言に共感しながらも、つい笑ってしまった。

その後、個性派揃いのK2メンバーはそれぞれに活躍の場を広げていった。谷川太郎や高橋和弘は着実に8,000m峰コレクションを増やし、村田文祥は服部文祥と名前を変え、『岳人』編集部員として誌面でも山でも暴れていた。そんななか、竹内洋岳の名前を聞くことはあまりなかった。

ところが2000年代に入り、ほかのメンバーがそれぞれに社会人として落ち着いた生活を手に入れて、先鋭登山から一歩身を引くようになってきたころ、それと入れ替わるように竹内洋岳の名前を聞く機会が増えてきた。

ナンガ・パルバットだったかシシャパンマだったか、竹内が登った8,000m峰のレポートが登山雑誌に載ったのはそのころだ。私はそれを読んでものすごく驚いた。

驚きのひとつは、海外の強力な登山家たちと組んで登っていたこと。こういう国籍混成チームはヨーロッパでは珍しくないが、日本人がその一員となるのはあまり聞いたことがない。あのおとなしそうだった人物にこんな行動力があったとは。

もうひとつの驚きは――というか、こちらのほうが驚きは大きかったのだが――文章がやたらとおもしろかったことだ。

ヒマラヤを登るような登山家が書く文章は、うまいか下手か、屈折しているか素直かなどの違いはあっても、真面目であるという一点においては共通している。軽いノリや茶化したような文章を書く人はまずいない。

しかし竹内の文章はこれだった。ノリが軽いだけでなく発想が突拍子もなく、自由奔放に書き散らしていた。文末に♡とか付けそうな勢いで、それこそ「山をナメるな」と言われそうな文章だったのだ。こんなヒマラヤ登山家は見たことがない。

外国人と組んで、山をナメたような文章を書く。しかし結果はきっちり出してくる。新しい登山家が出てきたな、と私はワクワクしたのだった。

その後の竹内の活躍は周知のとおりで、「高所最強」の名をほしいままにし、2012年には日本人として初めて8,000m峰14座全山登頂を達成。一躍時の人となった。

そのころ、久しぶりに取材で会いに行ったことがある。気のきいたジャケットを着たオシャレな大学教授という感じの、およそ登山家らしくない風体で竹内は現れた。

「14座に大した意味はないんですよ」

インタビューが始まると、こちらの期待を肩すかすようなことを言う。発言の意味は、登山に重要なのは数字ではなく内容ということなのだが、相変わらず想定内のことを言ってくれない。

でもまあ、これが竹内洋岳という人間なのだ。ステレオタイプから対極にいる登山家。そういう人が「日本人初」という結果は、個人的にも痛快な事実なのである。

 

竹内洋岳
Takeuchi Hirotaka
1971年東京都生まれ。立正大学山岳部時代に高所登山を始め、24歳のときに早くもマカルー(8,463m)を東稜という難ルートから登頂。2012年には、日本人初となる8,000m峰14座登頂を成し遂げ、第17回植村直己冒険賞を受賞。現在も「プロ登山家」として活動している。
https://honeycom.co.jp/hirotaka-takeuchi/

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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