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筆とまなざし#267「新雪の恵那山。深雪を黙々とラッセルし、のんびりとすごす時間」

妻の恵那山に対するイメージを払拭したくて。地元の名峰で一晩すごす。

「恵那山って展望がないんでしょ?」

こちらに来て5年になる妻はそう言って、未だ恵那山に登ったことがありませんでした。いやいや、なにを宣う。我が故郷の名峰、恵那山。たしかに、頂上のヤグラに登っても木のほうが高くて展望がない。けれど、要所要所のポイントで御嶽山や日本アルプス、さらには名古屋港まで見渡せます。それに静かな樹林帯歩きも良いではないか。今年の冬は雪が多い。どうせならいちばん長い前宮ルートから登ろう。静かな山で雪と戯れようと、1泊2日の日程で恵那山に向かいました。

登山口となる恵那神社は家から車で30分ほど。前日の降雪で麓の集落にも雪が積もっていました。数年前に冬の前宮ルートを登ったことがあります。そのときは麓には雪がなく、尾根の中程から積雪がありました。そして頂上稜線は雪が深くてラッセルが厳しく、頂上の少し手前でキャンプして下山しました。今回はさらに雪が多い。行けるところまで行ってみることにしました。

普段は暗い植林地帯も雪のおかげで美しい。しばらく歩くと深い谷にも日差しが届き、樹上から雪が光のシャワーとなって落ちてきました。トレースはほとんどなく、新雪を踏み踏み静かな尾根を登っていきました。修験者が登拝する道として、あるいは物見遊山として古くから登られていた前宮ルート。標高差は1,400mあり、なかなかの長丁場です。5合目のベンチで一休みしました。前宮ルートがおもしろいのは、頂上が20合目になっていることです。5合目が半分と思ったら大間違い。まだ4分の1しか登っていないのです。

雪が深くなったところでワカンをつけました。傾斜のきついところは胸まで雪に潜ってしまう。ストックを使って雪をかき分け、ゆっくりと一歩一歩歩みを進めました。その日は珍しく無風で、気持ちのいい青空が顔を覗かせていました。遅々たるものではあるけれど確実に高度を上げると植生が変わり、ダケカンバがまばらに生える場所に出ました。地形図で確認すると、高度はおよそ1,800m。時刻は16時。風が避けられる樹林帯にテントを張ることにしました。

スコップで雪をかき出して整地すると、極上のテントサイトが完成しました。遠くに見える白い山並みは白山でしょう。やがて西の雲が朱色に染まり、宵の空の下に街の明かりが灯り始めました。山影の向こうに名古屋の街が光の海となって一面に広がっていました。

「恵那山っていい山ね!」

翌朝はすっかり寝坊し、テントを撤収すると9時になっていました。そういえば、いらない荷物をデポして頂上を目指してもよかったのですが、そう思わなかったのは頂上まで登ることが目的ではなかったからなのでしょう。深雪を黙々とラッセルし、のんびり山で一晩すごす。そしてなにより、妻の恵那山に対するイメージを払拭できたことがいちばん。また季節を変えて、いろいろなルートで登りに来ようと思います。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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