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クマが上から飛んでくる衝撃動画「登山中に熊に襲われた」 現場の真相を取材

なにはともあれ、まずはこの動画を見てほしい。

 

 

……いかがだろうか。驚かなかった人はいるだろうか。テレビの「世界の衝撃映像」などの番組でも十分目玉となり得る正真正銘の衝撃映像。

しかしこれは単なる衝撃映像ではない。登山の観点から見ても非常に珍しく、貴重な映像なのである。

 

まずは、場所が切り立った岩稜上であること。これまでにも登山者がクマに襲われる事故はあったが、そのほとんどは樹林帯や山腹。こんなに狭く、鋭い稜線上でクマに襲われるなど、聞いたことがない。

次に、上から降ってくるように襲われていること。こんな急角度でクマが襲撃してくるなど、想定したことがある登山者はいるだろうか。

そして、その一部始終が至近距離かつ鮮明な映像で記録されたこと。もしかしたらこれまでにもこういう事例はあったのかもしれないが、だとしてもそれが記録されることはなかった。非常に珍しい事例が、これだけ臨場感ある映像で残されたことは貴重というほかない。

 

その撮影者であり、襲撃された当人でもある方に詳しい話を聞くことができたので、以下に紹介したい。

 

難ルートで知られる埼玉県・二子山

撮影者は、東京都在住の島田さん(仮名)。現在40代で、登山歴約8年。「登山者と熊」というハンドルネームで動画を公開した本人だ。

襲撃現場は、埼玉県の二子山西岳(1,166m)。二子山は標高こそ高くないものの、頂上稜線は鋭い岩稜で、上級者向けの難ルートとなっている。山腹の岩壁は、クライミングエリアとしても全国的に有名な場所だ。

 

右にそそり立つ山が二子山西岳。ルートは正面の急傾斜地点を登っていく(島田さんが襲撃事故当日に撮影)

 

2022年10月1日、島田さんは登山口の坂本から二子山めざしてひとりで歩き出した。難ルートではあるが、島田さんはこのコースを歩くのは3度目。すでに勝手知ったるコースであり、ふだんからクライミングもする島田さんにとっては、とくに不安を覚える場所ではなかった。

島田さんはまず東岳に登頂したのち、次に西岳に登頂。稜線をさらに進み、西岳山頂から50mほど下った8時50分ごろ、問題のクマに遭遇した。

 

以降はYouTube動画にそって、当時の状況を説明していこう。

 

恐怖の20秒

1:06
上方から獣のような吐息が聞こえ、ここで初めて、島田さんは上方になにかがいることに気づいた。最初は犬連れの登山者でも来たのかと思ったという。

 

1:07
逆光のなかからなにかが飛び出てくる。黒くて巨大な塊が見え、犬などではなくクマだと確信。同時に、無意識のうちに叫び声が出た。

 

1:09
あっという間にクマ最接近。島田さんの顔の目の前、わずか数センチのところを牙をむいたクマの口が通過していく。

 

1:09
両手でクマの顔面を押しのけるように払う。無意識のうちに手が出ていたが、これによってクマの進路が多少ズレ、体が接触することを免れたようだ。

 

1:09
クマは岩の斜面を飛ぶように駆け下りていく。

 

1:12
一度下に落ちたクマはすぐに上がってきて再び島田さんに向かってくる。

 

1:12
接近したところで咄嗟に拳でクマを叩くが、かすっただけで岩を叩いてしまう。このとき、クマと島田さんの距離は50センチほど。パンチではなく、よりコンパクトに振れる「鉄槌」と呼ばれる空手の打ち方をしている。

島田さんの回想
「鉄槌打ちをしたのはほぼ無意識です。子どものころに空手を習っていたし、今も格闘技を見るのが好きなので、もしかしたらその動きが咄嗟に出たのかもしれません」

 

1:13
2発目がクマの頭にヒット。頭がものすごく硬く、岩を叩いているのと感触は変わらなかったという。

 

1:13
3発目がクマのこめかみ付近に当たる。クマがバランスを崩す。

 

1:13
クマの胸元に見事な三日月が見える。

 

1:14
4発目はクマの腕付近に中途半端に当たる。

 

1:14
クマ、たまらず下に逃げる。島田さんは5発目を振り下ろするが空振り。

 

1:16
クマは再びすぐに上がってこようとするが、蹴りで撃退。

 

1:19
下に落ちたクマは今度は上がってこない。

島田さんの回想
「クマは右のほうを気にしているように見えました。それまでは完全に私にだけ向かってきていたのですが、ここでクマの注意力が分散しているように感じました」

 

1:23
いったん右に行ったクマはまた戻ってきて島田さんを威嚇するが、上がってこようとはしなかった。

 

1:24
子どもらしきクマが茂みから顔を出す。すぐにそちらに駆け寄るクマ。子連れグマだったことにここで気づく。

 

1:26
右下方に逃げていくクマ。

 

1:30
右側からうめくような声が聞こえる。

島田さんの回想
「人の声のようにも聞こえますが、これは私の声ではありません。距離はそれほど遠くなくて、1mか、せいぜい2mくらい。姿は見ていないのですが、おそらくもう1匹子グマがいたんじゃないでしょうか」

 

奇跡的に無傷

クマの姿が見えなくなったため、島田さんはすぐに踵を返して登り返した。予定コースは下りていく方向だが、クマがいるほうにはとても行けないので、来た道を必死に登り返して現場から離れようとした。ここまでは無我夢中で、西岳山頂に着いてようやく落ち着きを取り戻してきたという。

 

この後は登山を中止して、簡単な一般コースを下山。熊鈴を鳴らし、さらに、スマホから音楽も流しながら下っていった。

途中で、登ってくる登山者2組とすれ違ったため、「クマが出たので危ないです」と注意を呼びかけるが、いまひとつピンときていないようすだったという。島田さんが無傷で、流血しているわけでもないため、緊迫度が伝わらなかったのかもしれない。

登山口まで下りると、クマを叩いた腕が急に痛んできた。手首を軽く捻挫したようだったが大事には至らず、手の痛みもほどなく治まった。

 

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2022年03月28日

クマはどこから来たのか?

島田さんは、襲撃に遭うまでクマの存在にはまったく気づいていなかったという。クマが飛び出してきた稜線は、直前までまさに自分が歩いていた場所であり、そのときにはもちろんクマの姿など見ていない。

きわめて想定外のミステリーだが、島田さんの話を総合すると、以下のような状況だったのではないかと推測できる。

クマの親子は山肌を登ってきており、親クマが到達する前に島田さんは稜線上を通過。その後、稜線付近まで到達した親クマはそこで島田さんの存在を認識し、後続の子グマを守るために島田さんを襲撃……。

これが合っているのかどうかはわからないし、島田さん自身も、あまりにも突然かつ一瞬の出来事だったために、クマがどこから来たのかはわからないという。いずれにしろ、こんな至近距離に至るまでクマが人間の存在に気づかなかったのは珍しいことであるのは間違いない。

 

どうすればよかったのか?

こんな鋭い稜線上でクマに襲われることなど、事前に想定することはまず無理だろう。落石に当たるようなもので、運が悪かったとしかいいようがない。

逆に襲撃されたのちは、クマが下に落ちて島田さんが上方にポジションを取れたことがなにより運がよかった。

一方、島田さんは意識してやったことではないというが、大声を上げたことも、パンチやキックで撃退したことも、動画で見ると、すべてに迷いがなく、タイミング的にベストである。これはだれにでもできることではないかもしれない。驚いて固まってしまう人も少なくないのではないか。ここは島田さんに格闘技の心得があったことが幸いしたとも考えられる。

なお、熊鈴などを鳴らしていれば、クマが早めに気づいて遭遇を避けられた可能性もある。島田さんも熊鈴を使っていたが、下り道では熊鈴が暴れてうるさいために消音していたのだという。下山後、島田さんは、この点を重視してよりよい熊鈴を購入した。

 

クマ対策のきっかけにしてほしい

動画公開後、島田さんのもとにはテレビ局などから動画利用のお願いが多数寄せられているそうだが、いまのところすべて断っている。「衝撃映像」などと題して流され、スタジオの人が「登山は危ないですね」などと語って終わるかたちで消費されたくないというのだ。

島田さんの本意は、登山者に見てもらって、自らのクマ対策の参考にしてもらうことにある。そして登山界でクマ対策に注目が集まり、役立つ知見が集積されていくきっかけになることも期待している。貴重な事例であるからこそ、登山者に役立つ資料になってほしいと島田さんは望んでいる。

「山が怖くなりましたか?」と尋ねると、そんなことはまったくないと島田さんは言う。もちろんクマに恨みなどもない。二子山は大好きな山であり、「また行きたいです」と明るく答えた。

 

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2022年07月13日

取材・文◉森山憲一

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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