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クライミング中のケガ「腓骨筋腱脱臼」|筆とまなざし#367

岩がかけたのではなく自分の足首が崩れる音だった。

「ゴリッ!!」

「欠けた!!」

 気がつくとロープにぶら下がっていた。悪い体勢で体を切り返し、右手で遠いホールドを取りにいった瞬間、足元が崩れるのを感じてフォールした。ゴボウで登り返そうとすると右足首に激痛が走った。見ると、くるぶしあたりに筋がくっきりと浮かび上がっている。セルフビレイを取り、しばらく休む。けれどもやっぱり痛くて登り返すことができず、ロアーダウンしてもらって地面に降りた。

 右手を出す瞬間、右足が不安定で力が抜けているように感じた。「ゴリッ!!」という音はフットホールドにしていた岩が欠けたのだと思った。しかしあんなにしっかりとした岩が欠けるとも思えないし、落石もなかったようだ。どうやら右足をアウトサイドで踏み込んだ瞬間に足首を内側に捻って落ちたようだった。あの音は岩がかけたのではなく自分の足首が崩れた音だったのだ。登ることはもちろん、立ってビレイすることもできない。

「早く下って病院にいったほうがいいね」

 まだ昼すぎだったが、友人がそう言ってくれた。荷物をまとめ、ロープを持ってもらって下山することにした。講習のためにファーストエイドキットに入れておいた冷却材で患部を冷やし(自分が使うことになるとは)、テーピングで固定して近くにあった枝を杖代わりにするとなんとか歩けた。ヌンチャクは後日回収するしかない。

 車までは30分ほどで到着した。少々痛いが車は運転できたので、近くの整形外科を検索して向かった。診断結果は「軽い捻挫」。

1~2週間で治りますよ」

 数ヶ月かかることを覚悟していただけに「ふう」と胸を撫で下ろして帰宅した。1週間後には講習で5.11bのフェイスルートを登った。しっかりと足に体重をかけることはできないけれど、正体ならまずまず登れることはわかった。けれどもフットジャムをしようと少しでも足首を捻ると激痛が走る。気になるのは、くるぶしの上がブヨブヨに緩んでいてその中にコリコリの太い腱があることだった。2週間経ってもまだ痛い。もう一度、足に精通した整形外科で診察してもらったほうが良さそうだ。そう思って調べると、名古屋の整形外科に行き当たった。電車を乗り継いで1時間半。幸い普通に歩く分にはそれほど支障はない。触診やCT、エコーなどで検査してもらう。検診結果は予想通りだった。

「腓骨筋腱脱臼」

 くるぶしの後ろにあるはずの腱が、靭帯断裂などによってくるぶしの上に乗り上げてしまう状態のことをいう。比較的珍しい怪我のようだ。受傷後すぐなら保存療法での治療も行なうようだが、それでも治癒率は5割。基本的に手術しかなく、すでに3週間ほど経ってしまっているのでなおさらほかに選択肢はなかった。

「手術はすぐにしなくても良いですが、いずれしなくちゃいけませんね。つねに脱臼している状態なので足に力が入らないでしょうし、時間が経つと腱が短くなってしまうかもしれません。今後のことを考えると早めに手術することをおすすめします」

 さすが足の専門医。現状をわかりやすく説明してくれた。靭帯などは大丈夫で、骨を覆っている膜が破れて脱臼しているのだという。手術ではその膜を縫い合わせて再脱臼しないように処置するとのことだった。

 このままの状態では思いきり登ることはできないし、フットジャムができないのでは困ってしまう。早く復帰できるように努めたほうが懸命だろう。ちょうど来週は手術枠がひとつ空いているとのことだったので、その場でお願いして帰宅した。自分にとっては手術も入院も初めてのこと。復帰は5月末頃。それまでの講習は全てキャンセルせざるを得ないし春のシーズンに登れないのは辛い。けれども、きっと別のことをしなさいという天からの思し召しなのだろう。そして、怪我したことも素材にできるこの仕事には、ただただ感謝するばかりである。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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