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Mountain Story vol.01 「高尾山」
Mountain Story vol.01 「高尾山」

おなじ山でも、きっと、

人によって感じる世界が違う。

違うものが見えたり、

聞こえたりしているのかもしれない。

Mountain Story

快晴の高尾山頂は賑わっていた。展望エリアにいると、柵に寄りかかって話す女性たちの会話が聞こえてきた。

「最高だね。これでもう、忘れられるね」

「別に。向こうはとっくに忘れてるし」

「まだ傷ついてるの?」

うるさいなぁ、と答える女性。つば広の帽子に隠れて、顔が見えないけど、声はどこか弾んでいる。となりの女性は彼女をのぞき込んで、笑っている。

いいな、楽しそう。

 

「写真撮りましょうよ」

果林ちゃんが、自撮り棒を取り出して言う。今日、写真担当を買ってでている、総務部の果林ちゃん。山頂からの眺めをバックに、となりで果林ちゃんがピースを作る。私も画面を見上げると、果林ちゃんがシャッターボタンを押した。

 

山に行こうと誘ってくれたのは、企画部のエースの伊藤さん。インドア派の彼がいったいどうしたのかと思ったら、「山での婚活イベント企画の下見」だと言う。うちの会社は、街中のイベント制作が中心だったのだけれど、コロナ禍でアウトドアが増え、ついに伊藤さんもその担当をすることになったらしい。初心者でも行けるところ、と言われ、私は高尾山を提案した。

 

入社して十年も過ぎたのに、企画がひとつも通らない私に、伊藤さんが「山ガールだったんだって? 頼むよ、道案内」と言ってくれて、じんわりうれしくなった。でも、正直ちょっと不安はある。二年前に彼氏と別れてから、一度も山に登っていない。もともと山には、彼にくっついて行っていたのだ。山歩きは好きだけれど、ひとりでも登山をする勇気は、ない。

 

「上りの道、けっこう濡れてるところあったよね。下りはもう少し歩きやすいコースがいいな」

伊藤さんがしゃがんで靴紐を結び直しながら言う。 靴底が薄くて平らな、街中用のおしゃれなウォーキングシューズ。途中、登山道に水が流れていて、何度も滑りそうになった。石の表面をスルっと流れる水が、木漏れ日にあたってキラキラ輝いていて……おもしろい道だったけれど、事前に持ちものといっしょにウエアも確認をすべきだった。

 

「じゃ、一号路で下りましょう」と私が提案した。舗装された平らな道で、高尾山の寺や神社につながる、 別名「表参道」だ。

下山を始めて、20分。

「平らな道だけどさ、なんか逆にしんどくない?」

「あ、確かに。土よりアスファルトのほうが、足が疲れるんですよね」

私が答えると、伊藤さんは少し考えた顔をして、ちょっと変化をつけてみるか、と逆向きになった。後ろ向きのまま歩いたり、くるりと前に向き直って、スキップしてみたりする。

 

「おもしろいよ、斜めに走ると、傾斜が緩く感じる!」

両手を翼のように広げ、今度は道をジグザグに走り始めた。果林ちゃんもそれに続く。ふたりの楽しそうな背中が遠くなる。

と、下からゆっくりと登ってくるふたりに目が止まった。

 

白杖をつきながら、男性の腕に捕まって歩く、小柄な年配の女性。白い帽子と上品なクリーム色のパンツ姿。目を閉じたまま、一歩一歩踏み締めるように、ゆっくり登ってくる。介護士さんだろうか、トレーニングウエアを着たとなりの若い男性が声をかけると、女性が、はい、と頷いた。

 

伊藤さんが、彼女の脇スレスレを走り抜けていく。 女性はスッと少し避けた。まるで、見えているみたいに。

その人は、杉林のほうへ体を向けて顎を少し上げた。何か、音を聞いているのだろうか。鳥の鳴き声は聞こえないけれど……。斜め上のほうを指差し、男性に何かを言う。男性はそれを目で追って、微笑んでうなづいている。

 

木々の揺れる音? 何だろう。

周りにどんな人がいるのか、どんな生きものがいるのか、すべて聞こえて、感じているような表情。ひょっとしたら、ここから見ている私のことも、把握しているのかもしれない。

となりの男性は、黙って寄り添っている。

 

「おーい、どうした?」

伊藤さんの声がして、ハッとした。見ると、30メートルくらい離れていた。

急いでふたりに追いつくと、何見てたの? と聞かれ、私はさっきの女性のことを話した。

おなじ山でも、きっと、人によって感じる世界が違う。違うものが見えたり、聞こえたりしているのかもしれない。そうだ、そういうのをじっくり味わえるようなイベント、できないかな。たとえば、登山の途中、静かにひとりで過ごす時間をとるとか……。

 

こんなに自分の思いをストレートに話したのは、いつぶりだろう。

伊藤さんは「なるほどね」と言った。それからしばらく、間があった。

ちょっと、ちがうのかも。うちの会社のイベントはどれも「みんなで楽しむ」をモットーに元気に盛り上がるものを作っている。私のは、それに当てはまらない。でも伊藤さんは、肯定も否定もせず、黙って歩き続けている。

 

登山口が見えた。「もう着いたのか」と顔を上げる伊藤さん。「えー名残惜しい」と果林ちゃんも言い、止まっていた空気が、再び流れ出した。また違う山にも登ってみようか、とふたりが言う。私はその会話を聞きながら、さっきの女性のことが気になった。

 

いまどの辺りだろう。もう少しで山頂だろうか。彼女は、どんな景色を感じているのだろう。

そういえば山登りをしていたころ、全身で山の音や景色を感じるのが、好きだった。低山では、沢の音を聞くだけで涼しく感じた。雪山では「キュってしておもしろい」と足元を踏みしめて彼と笑った。

 

今度、ひとりで山に来てみようか。

山から柔らかい風が吹いてきた。

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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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