五輪個人TT、ログリッチがケガを乗り越え金メダル、デュムランが銀とデニスが銅
福光俊介
- 2021年07月28日
“最強”の称号をかけた戦いではなかなか頂点に立つことができなかった男が、世界最大のスポーツの舞台で、表彰台の一番高いところに上がった。
7月28日に静岡県・小山町、富士スピードウェイを主会場に行われた、東京2020五輪・自転車競技男子個人タイムトライアル(以下略TT)。実力的には上位クラスであることは誰もが知りながら、このところの不運によってメダル最有力の選手たちとは離れたポジションにいると見られたプリモシュ・ログリッチ(スロベニア)が、ここ一番で最高の走り。いまをときめくTTスペシャリストたちを上回って、金メダルを獲得。改めて、プロトン屈指の実力を誇ることを示してみせた。
個人タイムトライアルのトップ選手たちが続々と好タイムをマーク
オランダ勢が活躍した女子のレースに続き、午後2時に第1走者がスタートした男子。コースは富士スピードウェイを基点とする22.1kmを2周回。スタートしてすぐは下り基調で、一般道に出ると5.4km続く上りが待つ。高度にして200m以上を上がり、その後は約5kmの下り。そうして、富士スピードウェイの敷地内へと入っていく。
ロードレースでは男女ともに展開に変化が起きた細かなアップダウンをこなして、最後の4.6kmは富士スピードウェイのスタジアム内を走ってコントロールラインに到達する。これを2周回。大小の変化はあるものの、急勾配がいくつもあるわけではないので、日頃タイムトライアルを得意としている選手であれば、問題なくクリアできるコースと言える。
レースは、エントリーした39人を13人ずつ3グループに分け、各選手1分30秒おきにスタート。第1ヒートから、UCIワールドツアーを主戦場にする選手たちが続々と登場した。
その中で、まずまずのタイムをマークしたのがユーゴ・ウル(カナダ)。中間計測からトップに立ち、フィニッシュでは57分56秒46を記録。当面の基準タイムとなった。
第2ヒートでは、早々からテイオ・ゲイガンハート(イギリス)、リッチー・ポート(オーストラリア)、レムコ・エヴェネプール(ベルギー)の上位候補が続けて登場。ゲイガンハートとポートが伸びなかった一方で、エヴェネプールは期待どおりの走り。1周目こそウルからは遅れたが、2周目にペースを上げると少しずつウルのタイムを上回っていく。そのまま押し切って、57分21秒27でフィニッシュ。
戦前から注目されていたエヴェネプールの走りとあり、しばらくはトップを維持すると見られたが、リゴベルト・ウラン(コロンビア)が尻上がりにスピードを上げてエヴェネプールに肉薄。フィニッシュタイムが見ものとなり、最後は57分18秒69をマーク。トップタイムを2秒更新して、最終の第3ヒートの選手たちの走りを待った。
ログリッチがただひとりAve.48km台で圧倒
迎えた第3ヒート。現時点で最高レベルの選手たちが名を連ねたとともに、この選手たちのタイム次第で3つのメダルが決定する。
最終・第3ヒートの選手は以下のとおり(出走順)。
トビアス・フォス(ノルウェー)
パトリック・ベヴィン(ニュージーランド)
ブランドン・マクナルティ(アメリカ)
トム・デュムラン(オランダ)
ジョアン・アルメイダ(ポルトガル)
カスパー・アスグリーン(デンマーク)
プリモシュ・ログリッチ(スロベニア)
ゲラント・トーマス(イギリス)
ローハン・デニス(オーストラリア)
レミ・カヴァニャ(フランス)
シュテファン・キュング(スイス)
ワウト・ファンアールト(ベルギー)
フィリッポ・ガンナ(イタリア)
この中でまずペースに乗ったのが、デュムラン。9.7km地点に置かれた第1計測ポイントでトップタイムを15秒上回ると、その後もさらに攻め続ける。1周目を終える頃には、その差は40秒まで拡大し、残り1周でどこまでタイムを伸ばしてくるかが期待された。その見方に違わず、ペースを落とすことなく走り続け、フィニッシュタイムは56分5秒58。当然トップタイムを大幅に更新して、この時点でトップに立った。
しかし、これを上回る走りを見せたのがログリッチだった。こちらも第1計測からトップタイムを更新すると、その後は誰にも記録を塗り替えられることなく1番時計をキープ。さすがにここまでくると、後からスタートしたデニスやカヴァニャ、キュングも近いタイムで前半から飛ばしたが、距離を追うごとにログリッチとのタイム差は広がっていく。ログリッチは1人前にスタートしたアスグリーン、もう1人前でスタートしたアルメイダもかわして、2周目に入ってさらにペースアップ。最終周回だけ見ると圧倒的なスピードで、フィニッシュタイムは55分4秒19。デュムランの記録を1分1秒更新してみせた。
ログリッチまでは届かずも、安定したペースで走り続けたデニスが1分4秒差の3番時計で、メダル圏内へ。キュングがコンマ差でデニスに届かず、ログリッチ、デュムラン、デニスの順で最後の2人を待った。
大注目の2人、先にコースへ飛び出したファンアールトは、1周目こそログリッチから10秒以内の差で続いたが、2周目に入って大幅にペースダウン。終わってみれば、1分40秒差で、メダル圏内にも届かず。ガンナも1周目はデュムランと同等のタイムで走ったが、2周目で少しずつトップタイムから離れていき、最終的に1分5秒差の5位。
この結果、富士のコースをただひとりアベレージスピード48km台で走破したログリッチの金メダルが決定。デュムランが前回リオ大会に続く銀メダル、デニスはロード種目では初の五輪表彰台となる銅メダルとなった。
メダリスト3人にそれぞれのドラマが
金メダルを獲得したログリッチは、1989年10月29日生まれの31歳。普段はユンボ・ヴィスマに所属し、グランツールを中心にステージレースで活躍。これまで、ブエルタ・ア・エスパーニャで2019年、2020年と連覇しているが、ツール・ド・フランスでは2020年に個人総合優勝を目前にしながら、同国のタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)に逆転を許しタイトルを逸するなど、悲劇のヒーローとしての印象も強い。タイトル奪取をかけて挑んだ今年は、大会序盤の落車で負傷。その後リタイアし、五輪へ再調整していた。
24日のロードではレース中に背中を痛め28位と目立つことなく終わったが、ロード種目最後の一戦で“大逆転”ともいえる金メダル。かつてはノルディックスキー・ジャンプの選手として、世界ジュニア選手権団体で金メダルを獲得した“鳥人”でもあり、勝った時に見せるおなじみの「テレマークポーズ」が東京五輪の表彰台でも見事に決まった。
銀メダルのデュムランは2大会続けて同じ色ながら、悔しさをあらわにした前回とは違った様子。それもそのはず。今年1月に、「心身の休養が必要」として戦線を自らの意思で離脱。6月に「東京五輪の個人タイムトライアルに照準を定める」として、ツール・ド・スイスでレース復帰を果たしていた。その後はビッグレースを走っていなかったが、4日前のロードではアシストとしての役目をこなし、自身にとって本番ともいえるこの種目で2位。レース後には、安堵からか涙を見せた。
銅メダルのデニスも、この一本に賭けるためロードは出走を回避していた。2012年のロンドン五輪ではトラック・チームパシュートで銀メダルを獲得しているが、過去に2度世界王座に就いている種目でも初の五輪メダルを手にした。
それぞれにドラマを抱えた3人だが、表彰台では喜びの表情とともに、どこか落ち着いた雰囲気を感じさせた。それはロードシーズンがまだまだ続くからだろうか。ロードレースの上位3人と合わせ、これからは五輪メダリストという勲章を胸にトップシーンで走っていくことになる。
金メダル プリモシュ・ログリッチ コメント
「ツールから離れて五輪に切り替えると決めてからは、できる限りの準備をしたつもりだった。しかし、ロードでは背中の痛みが出て、1時間ほどで戦えない状態になってしまった。それが回復したのが昨日のこと。今日は余計なことを考えずに走ることができ、それだけでうれしかった。
困難続きだったが、このレースに勝つことができ最高の気分だ。心穏やかではない日々だったが、家族や周囲のサポートがあり、そして自分自身を信じ続けることで、この状況を乗り越えた。金メダルで本当に報われた。スタートから全力で飛ばして、1kmずつ大切に走った。金メダルという最高の成果を残すことができ、いまはとても満足している」
銀メダル トム・デュムラン コメント
「この数カ月間は、個人タイムトライアルに備えて準備をしてきた。トレーニングキャンプから楽しい日々を送ることができていたし、再びサイクリストになれたんだという実感に喜びを見出している。
今日の目標はメダル獲得だった。本当に実現可能かは分からなかったが、今日までのプロセスを楽しもうと心がけていたし、それが良い結果につながった。走り自体もとてもうまくいき、1周目から手ごたえを感じていた。2周目は苦しかったが、最後の10kmで盛り返すことができた。銀メダルは今日でき得る最高の結果だったと思うし、私にとっては十分に金メダルに匹敵するものだと感じている」
銅メダル ローハン・デニス コメント
「満足している。トレーニングの成果が出たと思う。走り自体もよかったし、上位の2人はとても強い選手。彼らに負けたのなら仕方ないと思えるし、メダル獲得が何より誇らしい。
1周目はまずまずだったが、2周目が本当に苦しかった。プリモシュ(ログリッチ)との差は、2周目の走りの違いにあった。我慢比べのようなレースになったが、最終的に上位に入れたのは幸運だった。
長い時間をかけて機材に慣れたことも好結果につながったと思う。(世界選手権を制した)2019年の終盤を再現したかったが、結果そのものは受け入れている」
東京2020五輪 男子個人タイムトライアル(44.2km)結果
1 プリモシュ・ログリッチ(スロベニア)55:04.19
2 トム・デュムラン(オランダ)+1’01”
3 ローハン・デニス(オーストラリア)+1’04”
4 シュテファン・キュング(スイス)+1’04”
5 フィリッポ・ガンナ(イタリア)+1’06”
6 ワウト・ファンアールト(ベルギー)+1’41”
7 カスパー・アスグリーン(デンマーク)+1’48”
8 リゴベルト・ウラン(コロンビア)+2’15”
9 レムコ・エヴェネプール(ベルギー)+2’17”
10 パトリック・ベヴィン(ニュージーランド)+2’20”
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。