
東京五輪で大逆転のイタリア男子チームパシュートが駆け抜けた「ウォーターライン」

中田尚志
- 2021年08月09日
タイム種目から始まった東京五輪トラック競技。男子チームパーシュートでのイタリアの大逆転を公式リザルトから振り返ってみよう。
ピークス・コーチング・グループの中田尚志さんが解説する。
最短距離より速くで駆け抜けられる「ウォーターライン」ってなに?
男子チームパーシュートは1周250mのトラックを16周する4kmで行われます。4名でスタートし、先頭交代を重ね3人目の選手がフィニッシュしたタイムで争われます。この競技では個々の強さはもちろん、先頭交代のタイミングや先頭を引く距離の配分などチームワークが試されます。
トラックの距離は一番内側にある黒色の計測ライン(内圏線)で計測されます。そのため、最短距離を走るには計測ライン上をトレースして走ればいいのですが、時速64km以上で走るチームパーシュートでは最短距離が必ずしも最速ラインとはいえません。
それはコーナーの出口で膨らむのを防いでインに切り込むよりも、スピードの流れに従って外に膨らんだ方がスピードを殺さずに済むからです。とはいえあまりに大外を回ると余計な距離を走ることになるので、ウォーターライン上を走るのがいいとされています。
トラックに水を張ったと仮定すると、直線部分は赤いスプリンターラインあたりまで達する曲線ができます。これがウォーターラインです。このライン上をトレースするとコーナーから飛び出すスピードを殺さず、かつ短い距離で周回を重ねることができます。
各チームはトラックによって異なるウォータラインを参考に傾斜角度やコーナーのクセなども加味して最速ラインを探し出します。
公式リザルトから読み解く、イタリア、デンマーク各チームの戦略
五輪の公式ウェブサイトには、各レースの公式リザルトが掲載されています。
ここからイタリアチームがどうやって大逆転を成し遂げたかを見ていきましょう。
東京五輪男子チームパーシュートの予選結果
1. 予選1位はデンマーク
8月2日に行われた予選ではデンマークがイタリアに0.881秒差の3分45秒014で1位通過しました。
デンマークとイタリア予選のラップタイム分析
2. データから読み取る両者の特性
公式リザルトを確認するとデンマークは予選で2km地点以降の平均ラップは13秒790前後のイーブンペースで周回し、ラスト周回では若干タイムは落ち込んでいます。
一方イタリアはラスト3周で13秒972まで落ち込んだタイムをラスト一周は13秒427まで追い込んでフィニッシュしています。その傾向は第一ラウンドでも同じでラスト1kmで追い上げています。
ここから4名中3名がワールド・ツアー・チームに所属するイタリアはレース後半に強いことが分かります。
ガンナの脚に賭けた、イタリア・男子チームパーシュートの大逆転
1回戦でデンマークがイギリスに衝突し落車する波乱もありましたが、決勝は順当にデンマークとイタリアの戦いとなりました。
チームパーシュートではスタート時の並びにも戦略があります。最も内側に並ぶ一番手はスプリントがありペースメイキングが上手な選手が務めます。
イタリアはロードタイムトライアル世界チャンピオンであり、個人パーシュート世界記録保持者でもあるフィリッポ・ガンナをあえて4番手に置きます。4番手に置くことでスタートの加速での消耗を防ぎ、彼が得意な後半のペースアップに備えさせる作戦が見て取れました。
デンマークとイタリア決勝のラップタイム分析

レースは2500m地点まで両者ほぼ横並びで進みますが、13秒4前後のイーブンで回るデンマークに対し、イタリアは13秒760までタイムを落とし、最大0.867秒もの差をつけられます。このタイム差にも関わらずガンナは3,000m付近で早めに先頭を交代し、ラストで自身の順番が回ってくるように調整します。
ラスト3周に入ってイタリアは落ち込んだラップを巻き返しラストラップでは13秒180(平均時速68.285km!)の大会中最速ラップを叩き出し逆転しました。
予選のタイムからデンマークはイーブンペースで回りラスト周回は若干ペースが落ちることを見越してか、イタリアはガンナを最終盤まで温存しラスト1kmで逆転に出る作戦に出ました。ガンナのペースアップにもついていけるメンバーの強さもあり、この作戦は功を奏しイタリアは見事金メダルを獲得しました。
このように発表された公式リザルトを片手に見逃し配信を見返すと、奇跡に見えたイタリアの逆転の理由を探ることができます。
中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン
ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/
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