メダルまであと11秒! 46歳で東京五輪で5位となったアンバー
中田尚志
- 2021年09月18日
東京五輪の自転車競技女子インディビデュアル・タイムトライアル(TT)で5位に入ったアンバー・ニーベン(アメリカ)。
輝かしい戦績の一方で、生死をさまよう病気や大クラッシュを経験してきた。彼女の人生はいつも激しいアップダウンとともにある。
一般的にタイムトライアルといえば、レースでのペースを作るためにパワーメーターは欠かせないが、東京五輪本番で彼女はパワーメーターを使わなかったという。しかし、ベテランの彼女は経験でそこをカバーした。
ピークス・コーチング・グループの中田尚志さんが「彼女はどのようにしてTOKYO2020に向かったのか?」オンラインでインタビューした模様をお伝えする。
東京五輪へ向け
コロナにより1年延期になりました。どうやって延期と向き合いましたか?
全ての人に平等にコロナの脅威は訪れました。誰かにとって有利な状況というわけではありませんでしたから、一番良いアプローチを考えるのが大切だと思っていました。2020年の冬は、とても良いトレーニングが出来ていましたが、五輪は延期されました。次々にレースが中止・延期される中で、翌年に開催されるであろう五輪に向けて集中することにしました。 またその過程で世界選手権でも上手く走れるよう準備をすることにしました(ITT6位)。
私のモチベーションは内なる欲求によるものなので、トレーニングの中で自身が設定した目標を達成してゆくというプロセスに変わりはありませんでした。そこは五輪があろうとなかろうと同じプロセスを繰り返していくだけだったわけです。
私はトレーニングのプロセスが好きです。ゴールを設定し、プランし、そこへ向けて「出来るかな?」と考えつつ挑戦するのが好きです。天賦の才能に恵まれ、自分が愛していることをする機会に恵まれたので楽しいです。そういった気持を持って自転車に乗っていました。
実際五輪が開催されることはいつ知りましたか?
五輪が開催されるかどうかはおろか、今年の6月初旬まで自身が五輪代表になれるかは分かりませんでした。ですから2020年の冬からの1年間+6ヶ月もの間、予測不可能な状況でした。
”五輪が開催され、代表に選ばれたら準備は出来ているように”という気持ちでトレーニングしていました。
五輪を開催するかどうかは、自身でコントロール出来ることではありませんでしたから、自身で出来る準備に集中したのです。
過去5年間人生で一番トレーニングして来たとのことですが、年齢にも関わらずどうしてトレーニング量を増やせたのですか?
若い頃はもっと強度の高いトレーニングをしていました。今のコーチに出会ってよりエアロビック・エンジン(有酸素能力)を高める方針に変えました。より多くのテンポ・SSTトレーニングをすることにしたのです。五輪に合わせて毎年少しずつボリュームを上げ、五輪が終わったら少し落とすといったサイクルを計画的に作っていました。
今年に関してはピークは1回(五輪)で良いわけです。過去5年間、ボリュームを増やしトレーニングの許容範囲を上げて来ましたから、エアロビック・エンジンは大きくなって来ました。そしてレース8週間前からは強度を上げて、仕上げていきました。
そのあたりのプランニングは20年の経験がある46歳のアスリートである私と、プランのスペシャリストであるコーチとの共同作業でした。コミュニケーションを重ねながらトレーニング戦略を作り上げて来たわけです。
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疲労回復方法は?
驚くようなことをやっているわけではありません。2013年のツアー・オブ・カリフォルニアでの大クラッシュ以来、体のケアにはより気を遣うようになりました。週に1回ほどセラピストのローレンス・ファンリンゲンを訪ねて、固着した筋肉を解してもらいます。またライド前に20分ほどファンクショナル・トレーニングや動きのトレーニングを入れて使うべき筋肉をアクティベートしてから出かけます。
トレーニング後は神経を鎮めるためにゆっくりと散歩をすることもあります。
また良い栄養を取って良い睡眠を取ることには気をつけています。特に睡眠には気をつけていますね。
▼アンバーと彼女のコーチ、ティム・キューシック
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コースの試走は数日前だけで、事前に来日することはできませんでした。どうやって攻略法を考えましたか?
事前にコーチとベストバイク・スプリット(TTシミュレーション・サービス)を使って、コースの特徴や風向き、そして要求されるパワーなどを分析しました。それらを考慮した上でレースに向けたワークアウトを行ったり、似た地形でトレーニングしたりもしました。
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本番では複数のチェーンリングとカセットを持ち込んで、コースに対応できるようにしていました。試走では特に登りをこなすギアと下りで時速60km以上でも踏める最適なギアを探すことに注力しました。
何度もコースを走れるわけではなかったので、ビデオに録ってシミュレーションとメンタルの準備を重ねました。それによって本番は全力で走れるようにしたわけです。私は体が小さいので踏める下りでタイムを稼ぐというのは難しいです。ですから上り、平坦でタイムを稼ぎ下りは空気抵抗を少なくしてタイムを失わない作戦にしました。
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東京2020に挑む
リオ、ロンドンに比べてTTの時間と距離は少し短かったように思います。それはあなたに影響を与えましたか?
与えたと思います。私は長いTTレースが得意ですから。ただそれもまた自身でコントロールできることではありませんでしたから、30分のレースで全力を尽くせるトレーニングを積みました。
レース前の目標は?
メダル獲得です。100%五輪に集中してトレーニングを積んできました。11秒差で逃してしまいましたけどね(微笑)。
日本の気候にどうやって対応しましたか?
暑熱対策はしてきましたが、最初の4日間は”暑いな”と思いました。
本国ではサウナに入ったり暑い部屋でローラーに乗ったり、実際に暑いところに出かけてシミュレーションをしたりしました。また暑いことと湿度が高いことは少し異なるストレスなので、2週間ほど湿度の高いペンシルベニアに住むコーチのところに行って合宿をしてみたりもしましたね。
2016年ドーハの世界選手権では41℃の高温でしたが、とても乾燥していました。湿度対策はより難しいように感じます。
会場入した後もあえてウエアを一枚多めに羽織って汗を出し、水分補給に気をつける対策を続けました。驚くようなことはしていないですが、実際近道は無いので基本的なことを実践しました。
ペーシングはどうやって考えましたか?感覚?or パワーメーター
チェーンリングを交換したこともありパワーメーターは使いませんでした。
ではどうやってペーシングをしたのですか?
20年の経験がペーシングを教えてくれました笑。 インターバルトレーニングはある種TTです。トレーニングの中でパワーメーターを見てペーシングしていますからリズムは体に刷り込まれています。30分のレースを全力で走れる強度は分かっていますから、8分を過ぎたら”OK、あと22分維持しよう”といった感じですね。
じつは(2度めの世界チャンピオンに輝いた)ドーハの世界選手権の時もパワーメーターが動作してくれず、感覚で走りました。
パワーの数値だけでなくフィーリングを磨くというのも大切ですね。体がどういった反応をしているのか聞く耳を持たなければなりません。目標とするパワー、ペースで走ってみた時、どう感じるか?この感覚を磨いていくわけです。20年間のトレーニングでそれを磨いてきましたから「このペースで行けば30分ギリギリ持つ、これで行こう」というラインを正確に掴むことが出来ます。
パリ五輪は目指しますか?
どうでしょう?(笑)今回の五輪の結果については満足していますから。ですが可能性はゼロでは無いとも言えます。今年の世界選手権を終えてから、もしくは毎年11月に一年を総括しているので、その時にどう思っているかで決めると思います。
インタービュー後記
明朗快活な彼女とのインタビューは終始なごやかに進んだ。メダルから11秒差でレースを終えた直後「世界選はいつ?」とスタッフに訪ねたという。次回は1週間後に迫った世界選手権に挑む彼女の現状をお伝えする。
アンバー・ニーベン
彼女の主宰するトレーニングキャンプ
中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン
ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/
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