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【名店研究】草を喰む。美食の頂点と目される「草喰なかひがし」の物語

草を喰み、命を紡ぐ。神を宿した“草喰料理”

根菜のお盆で供された炊合わせは、賀茂茄子。ひと口食べると厚く締まった果肉から濃厚な味わいとともに夏の香りが広がり、自家製の白味噌餡がさらりとした甘みを加えている。散りばめられた二色のパプリカといんげん豆は短冊、素揚げした山椒葉は笹に見立てられ、れんげの琵琶を爪弾いて、七夕に願いが叶うかどうかはなすがまま。軽妙な言葉と力強い野菜の味に頬を緩ませながら、気が付いた。華やかな香りを放つ山椒の木の芽は春先に出回るもののはず。

「私が今朝摘んだものです。皆さん、市場とか店に行くと、いまは山椒なんか売ってないから、時季やないと思てはる。ほかにも『独活は春のもんや』とかね。でもそうやない。植物や草は燦々と太陽を浴び、水と土の養分を吸って日々、変化している。旬は市場やなくて野山が教えてくれるんです」

優しい語り口で話してくれたのは、京都で最も予約が取りにくいと称される『草喰なかひがし』の主人・中東久雄氏。毎朝、自ら山に分け入り、野を駈けて摘む季節の草花や野菜で仕立てる“草喰料理”の名手として名を馳せる人物だ。各界の美食家だけでなく世界の名だたる料理人からも注目を集めるその料理のルーツは、生家にある。

氏は京都の奥座敷、花背にある宿坊『美山荘』で生まれ育った。幼き頃から山や川の大自然を駆け回り、草花を摘み、家業を手伝っていたという。

「母が非常に料理の得意な人で、『美山荘』を切り盛りしていました。私が本格的に料理修行を始めたのは高校を卒業してから。外に出ず、兄とともに母から学んだのですが、料理の本に書いている作り方と違う。『大根は研ぎ汁で一度湯がいて鰹と昆布の出汁で……』とか、母はそんなことはせず、ばばっと切って鍋に入れて、出汁じゃこと一緒に炊いていた。いわゆる田舎料理なんですが、それが私の料理の原点です」

洛北地方の一宿坊だった『美山荘』は、後を継いだ兄・吉次氏が生み出した独創的な摘草料理で一躍全国区となる(現在の当主は吉次氏の長男・久人氏)。

その兄のもとで研鑽を積んだ後、氏は45歳で独立した。時はバブルが弾けきった97年、選んだのは古刹銀閣寺の参道。『美山荘』からは何も持たず、身ひとつで自身の理想の設備を整えた後は、まともな包丁を揃えるお金もなかった。開店一週間前に、たまたま天神市の露天で見つけた名も無き包丁で始まったマイナスからのスタート。

山から街へ――。

場所が変われば、料理も変わる。氏が献立のメインディッシュに選んだのは何も手を加えない御飯。それは、ある“お竈さん”との出合いが決定付けた。

大原の山で瑞々しく生い茂る朝倉山椒。手で揉むと華やかな香りが。
夏の八寸の一例。氷に見立てたとうもろこしの南蛮豆腐、赤紫蘇巻きの川海老、黒胡麻をまぶして夏草を表現したモロッコ三度、ぼんぼりに見立てた、もぎ茄子などお盆をイメージ。
店舗デザインは数多くの名店を手掛ける建築家・杉原明氏によるもの。

お竈さんで炊く御飯がメインディッシュの馳走

“お竈さん”とは、京都の言葉でかまどのこと。『なかひがし』のカウンター前に鎮座している弁柄色のそれは、滋賀県の湖東焼、中川一志郎氏によるものだ。

「25年ほど前、冷害で米不足になった時、中川君から『御飯を炊く土鍋を造ったから食べにこないか』と連絡があったんです。ひと口食べたら、驚くほど美味しい。塩も甘みもついてないのに三度三度食べられる。これに勝るものはないから、メインにしようと思ったら、すぐこの情景が思い浮かんだんです」

メインディッシュは御飯とめざし。そう決めたが、開店当初はそこに帰結するまでの献立に思い悩んだ。内陸の京都にない海のもの、街を意識した雅やかな京料理。だが、その思いを断ち切らせたのは、氏の原風景である花背の自然、そして母が子を思って作る料理だったという。

「野菜や野草の生命力あふれる美味しさ。そこに改めて気づいたんです。最後の御飯が一番美味しくないとあかんから、野菜を中心にしてたんぱく質はあくまで添え物。鯛や平目、ステーキは美味しいですよ。でも、ご馳走すぎるんです」

店名に冠した「草喰」には、茶道や華道などの表現法「真行草」の中にある、日常を表す「草」の意味を込めた。ハレではなくケの料理。そこに氏の研ぎ澄まされた感性が加わり、唯一無二の“草喰料理”となった。

御飯は米から御飯に変わるアルデンテ状態の“煮えばな” から始まり、塩と山椒オイルで食べるおこげ、玉子かけ御飯、梅茶漬け等「五度楽しめるから“五” 飯」
メインディッシュの御飯とめざしは日本人に生まれた悦びを実感できる。

野草の生命力を五感で感じる唯一無二の“なかひがし料理”

たとえば向付に使用するお造りは鯉。古来より祝儀の席を彩った縁起物を、三ヵ月地下水で泳がせて清らかにした後、細作りをはじめ、四季折々の野菜と合わせている。身だけではなく、真子は木の芽煮に、鱗は素揚げして大徳寺納豆と合わせる等、余すところなく使うのは「料理人の都合で食材を捨てるのは殺生と同じ」という氏の哲学が現れている。さらに、夏の風物詩である焼物の鰻は、蒸さずに焼く伝統的な関西流。約20分、炭火の直火でじっくり焼き上げ、皮目をしっかり焼き切ることで脂を落とし、強肴に使う牛肉は、北海道の十勝で野草を食べて育った体脂肪率10パーセントの野生牛。たんぱく質は素材を吟味した上で野菜や野草と調和するように仕立てているのだ。

氏は、その主役となる山野草を毎朝、洛北地方の大原まで一人で赴き、五感で仕入れる。雨の日も雪の日も。

「野菜とか野草はね、命があるんです。動いているものだけが命やない。生産者の方が手塩にかけて一生懸命作った野菜、神様が自然の中で育てた草や花。みんな生きていて、私はそれを分けてもらっている。命ある食材は食べてもらいたい人に食べてもらうのが本望やと思うんです。その声を聞くには、寄り添わないと分からない。たとえば土深く埋まっている大根を引っこ抜いた時、ブチブチって音がして、乳飲み子が母親の乳房から無理やり引き離されたような思いになる。それを感じたら、全部食べられるところは食べ尽くさなあかんなって感じます。料理はね、毎日顔を合わせていたら食材から指示が来ますから、自然と決まるんです。なかなかうるさいですよ(笑)」
形が整えられた市場の「商品」ではなく自然の恵みの声を聞き、明日に繋げる。それが自分の使
命だと話す。

「『食べる』って『人』を『良』くするって書くでしょ? なんで食べるかっていうと生きる為に食べるわけで。例えば極端な話、明日亡くならはる人は食べられない。明日を生きるためには『何を食べるか』が大事なんです。食材の命をいただいて、持ち味や香り、生産者の想いを壊さんように仕立てて、お客さんに召し上がってもらう。そして明日の新しい命に繋げる。私はそれだけを考えて日々、精進しています」

葛たたきにしてなめらかに仕立てた岩魚と冬瓜の御椀。出汁は礼文島・香深の利尻昆布と枕崎の本枯節を使う。※夏の献立の一例
向付は鯉の平造り。紫蘇酢のジュレの中を泳ぎ、日よけのパラソルに見立てた花おくらが涼やかさを演出する。※夏の献立の一例
焼物は天然鰻。皮はパリッと軽快な食感でゼラチンとタレが相まって香ばしく、身はふっくらやわらかい。実山椒と新玉ねぎとともに。※夏の献立の一例

旧暦の七夕を彩り豊かに表現した「炊き合わせ 賀茂茄子」のレシピを公開!

【材料(1人分)】
賀茂茄子…1/5個
パプリカ(赤・黄)…各1/2個
カボチャ…1/4個
いんげん豆…1本
山椒葉…3枚
白味噌…20g
みりん…10g
水…10g
米油…適量
山椒油…小さじ1

【作り方】
1
茄子を4 つに切り皮を剥いて20分蒸す。

2
パプリカを短冊切りにする。カボチャを同じ大きさに切ってさっと湯がいておく。

3
みじん切りにした茄子の皮、山椒、パプリカと同じ大きさに切ったいんげん豆を米油で素揚げする。

4
ボウルに白味噌とみりん、水を入れ、よく伸ばして白味噌餡を作る。

5
器に茄子と白味噌餡を盛り付け、カボチャ、パプリカ、いんげん豆を散らし、山椒油を回しかけ、笹に見立てた山椒、琵琶に見立てたれんげを添える。

 

【教えてくれたのはこの人!】

『草喰なかひがし』店主 中東久雄さん

1952 年京都・花背生まれ。生家は峰定寺門前の宿坊『美山荘』。“ 摘草料理” を考案した亡兄・吉次氏のもとで料理を学ぶ。1997年、『草喰なかひがし』を開店。独自の“草喰料理” を確立し、京都で最も予約が取れない店となる。

草喰なかひがし(そうじきなかひがし)
住所/京都府京都市左京区浄土寺石橋町32-3
TEL/075-752-3500
https://www.soujiki-nakahigashi.co.jp/

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buono 編集部

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使う道具や食材にこだわり、一歩進んだ料理で誰かをよろこばせたい。そんな料理ギークな男性に向けた、斬新な視点で食の楽しさを提案するフードエンターテイメントマガジン。

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