YOUも肉を科学しちゃいなよ!
buono 編集部
- 2020年10月14日
あるときは会心の焼き上がりになっても次にトライしたときにはパサパサに……。
とかく肉を焼くのは難しいもの。
コンスタントに成功させるには、もはや“カン”なんて曖昧なものをあてにしてはいけない。
肉焼きマスターの必修科目、それは“科学”。科学的なアプローチさえあれば肉の道は万人に開かれるのだ!
水島弘史が提唱する肉調理の基本ルール
肉のローストで最も多い失敗が、固く縮んでパサパサの食感になってしまうこと。それを防ぐには、低温でできるだけゆっくりと加熱することが大原則だと水島氏は言う。
「肉は50°C前後になると、タンパク質が変性し、筋繊維が収縮して水分やアクが放出されるなどのさまざまな変化が起こります。強火で調理すると急激に温度が上がり、この温度帯でたくさんの水分が出すぎて肉が固くなってしまうのです。この温度帯をゆっくりと通過させておけば、肉はしっとりとやわらかく仕上がります。肉のローストばかりではなく、たとえばシチューなどでその後長時間煮込む場合でも、肉はしっかり旨味と水分を保持したままキープできます」
低温調理というワードをよく耳にするようになったのはここ最近のような気がするが、「考えてもみてください。古代の調理法だって低温調理だったでしょう」と水島氏。狩猟民族は獲物を丸ごと火で炙る、土に埋めて蒸し焼きにするなど、低温でゆっくり調理する方法で味わっていた。「強い火力で調理するようになったのは、ガス火やオーブンなどさまざまな調理システムが発達し、短時間での調理を目指すようになってから、古代の方が美味しい肉を食べていたかもしれませんね」
文明の利器であるオーブンで肉をローストする際に、水島氏が推奨する温度は120℃だ。
「もう少し低くてもいいくらいですが、家庭用オーブンならこの温度がやりやすいでしょう」。庫内が狭いと庫内の壁面からの輻射熱や上火の影響が強くなり、温度コントロールが難しくなるため、できるだけ庫内の広いオーブンを選びたい。オーブンが狭い場合は、肉の表面をアルミホイルで覆うなどの工夫も有効だ。「ご自宅のオーブンの性質を把握しておくことも大事です。庫内の場所によっても温度は数十°C変わりますし、オーブンの表示温度と実際の温度に差があることもよくあります。表示温度を鵜呑みにせず、オーブン用温度計を手に入れて焼く場所の 温度をきちんと測ることも失敗しないためのポイントです」
また、肉レシピで王道のセオリーとされがちな、“まず強火で肉の表面に壁を作るように焼き固めて肉汁を閉じ込める”というプロセスにも、水島氏は異議を唱える。水島方式では、焼き色は最後に付けるのだ。「“肉の表面に壁を作る”というわかりやすさもあって、あの方法が広まったのだと思いますが、最近では肉本来の味を感じるには焼き色は不要だというシェフもいるほどです。ただ、焼き色を付けることでメイラード反応を起こして、旨味を凝縮させたり、表面を殺菌して食中毒リスクを下げたりするメリットは確かにあります。しかし、それを最初に行うことのメリットはほぼないでしょう。むしろ強火で焼くことにより、余熱で肉に火が入り過ぎるリスクの方が大きいのです。プロは経験則によって余熱まで計算して焼くことができますが、家庭で行う場合は、まずゆっくりと火を入れてから表面を焼く方が失敗が少ない。たとえ料理の初心者が行っても、失敗しにくい方法と言えます」
肉の適度な火入れを見極めるのに、目安となるのが重量だ。「肉の水分が完全に保持された状態が必ずしも美味しいわけではありません。肉を焼くとまず最初に“細胞外水分”が出てきます。ここには代謝物などが含まれており、臭みのもとになるので、こうした余分な水分を飛ばした状態がベストといえます」。目指すべきは、焼く前の肉の93%の重量。レア気味に焼き上げるなら、95〜97%あたりを狙ってもいい。
さらに、味付けの目安としては、生理食塩水とほぼ同じ0.8%が基本。これは生物として本能的に美味しいと感じる塩分なのだという。塩の脱水作用で肉が硬くなるリスクを回避するため、オーブンでローストしてから塩をするのがベター。しかもこの時点では分量の3分の2の塩にとどめ、残りは盛り付けた後、切り口に振るのもポイントだ。「切り口には塩味がないのでこうした方が美味しいのです。0.8%はあくまでも目安で、塩味の好みには個人差があるので、足りない場合はここで補うこともできます」
牛肉はもちろん、豚や鶏、羊、 鴨などあらゆる肉に応用できる“肉の方程式”。覚えておいて損はない。これを活用して、しっとり艶めく断面を目指せ!
失敗知らず!水島流「肉の方程式」
ここで、水島氏に教わった法則をまとめておこう。ステーキに限らず、すべての肉調理に応用できるので是非覚えておきたい。
93%になるまで加熱
適度な火入れの見極めに役立つのが肉の重量変化。 焼く前の93%(ミディアムレアなら95〜97%)の重量になるまで加熱することが1つの目安に。肉を焼く前に重さをきっちり測って、目指すべき重量を割り出すべし。
120℃がスタンダード
肉の調理は低温が大原則。オーブンはきちんと温度を計り、120°Cに予熱を。200gの肉ならまず20分、裏返してさらに15分。 取り出して重さを計り、 目安重量にまで減ってなければさらに加熱し、5分おきに重量をチェック。
生理食塩水とほぼ同じ0.8%
塩分は、生理食塩水とほぼ同じ0.8%に。肉を焼いている間に油や水分とともに塩が流失することを考えると、火を通した後に塩をするほうが合理的。生肉の状態よりもしっかり塩を馴染ませることもできる。
水島式!ロジカルステーキ術
肉焼きのロジックを押さえたら、次は実践編。シンプルな工程ながら、外せないポイントが随所に散りばめられている。きっちりとマスターしてステーキの名手を目指せ!
肉の旨味を堪能できる赤身の部位を選べ
このステーキ術にふさわしいのは、フィレやモモなどの赤身の部位。厚みのある肉を選んで、肉の旨味をしっかりと堪能したい。ここでは厚みのある牛フィレ200gを使用している。また必ずしも国産にこだわる必要もないと水 島氏は言う。
「国産牛と謳っていても、飼料は輸入した穀物を使っていることも多いもの。良い肉にこだわるなら飼育環境もチェックするべきでしょう。良い飼育環境ならそのぶんコストもかかるので、価格も肉選びの1つの目安にはなります」
昨今、和牛は海外でも“WAGYU”としてもてはやされているが、「特にサーロインなどはサシが多すぎると私は感じます。まるでフォアグラのようですね。サーロインのように脂身が多い肉をステーキにするなら、グリルプレート を使って、強火で短時間で調理する方が美味しいですよ」。
おすすめ部位1:フィレ
きめ細かい肉質でやわらかく、脂肪分が少ない赤身肉で、牛の3%しかない貴重な部位でもある。やわらかさを損なわないよう焼き上げたい。
おすすめ部位2:モモ肉
後ろ足の付け根部分の赤身肉。外モモは硬めなので、選べるなら内モモを手に入れたい。キメはやや粗いがやわらかく、さっぱりと食べられる。
ステーキといえばサーロイン?
ステーキ用肉定番として好む人も多いが、 今回の調理法には不向き。しっかり熱したグリルプレートで、強火でさっと焼き上げたい。
家庭での熟成はキケン。新鮮なうちに味わうべし
肉は新鮮なうちに使うことを推奨する水島氏。
「ひところブームになった熟成肉ですが、肉自体にパワーのある美味しい肉でないと、たとえ熟成したところで、決して美味しくはなりませ ん。また、家庭の台所という環境で肉を熟成させるのも、衛生面を考えると危険なので避けるべきでしょう」
数日保存するのであれば、ラップではなくガーゼなどで包むこと。
「肉が切られている状態なので、体液や細胞外水分がドリップとして出るのは仕方のないこと。ドリップに肉が浸らないようにすることが大事です」
また、冷凍によって品質も大きく変化する。密閉して急速冷凍したものであれば劣化は抑えられるが、家庭での急速冷凍は難しいもの。美味しいステーキのためには冷凍は避けたい。市販の冷凍肉を解凍する場合は氷水や流水につけて、急激に温度を上げずに解凍するといい。
ガーゼに包みドリップを吸わせる
新鮮なうちに食べるのがベストだが、数日保存する際は、ガーゼやキッチンペーパーで肉を包む。「肉から出るドリップを適度に吸ってくれます。時々交換しましょう」
ドリップに浸ると劣化のもと
生の肉を置いておくとドリップが出るのは避けられない。ラップに包んで冷蔵しておくと、ドリップに肉が浸ってしまい、劣化の原因になってしまう。
塩コショウはまだ! 焼く前に油を塗っておく
低い温度でじっくり焼くので、肉は冷蔵庫から出したてでOK。
「レストランではオーブンのそばに置いて、牛の体温である45°Cくらいまで上げてから調理します。こうすると焼いた時の温度変化が緩やかになり、硬くなりにくい。しかし、家庭の室温程度に上げても、さほど意味はないでしょう。むしろ長時間室温に置いておくと水分が流出しますし、衛生的にも危険です。よく“焼く数時間前から出しておく” という話を聞きますが、やめたほうが良いですね」
冷蔵庫から肉を取り出したら、表面の水分をペーパータオルなどでぬぐい、重量を計測する。塩をすると水分が出るので、ここではまだ塩はしないこと。また、この段階でコショウをしても完成時には香りが飛んでしまうため、コショウもしなくてOK。オーブンで焼いている間の乾燥を防ぐため、表面にオイルを塗ることを忘れずに。
ポイント1:肉を計測し目標重量を割り出しておく
ここではミディアムレアに仕上げたいので、目安となる焼き上がり重量はもとの重量の95〜97%。200gの肉を使用するため、190〜194gが目指すべき重さとなる。
ポイント2:表面にオイルをたっぷり塗る
焼いている間に表面が乾かないよう、オイルをまんべんなく塗る。オイルは好みのもので、ハケがなければ指で塗ってもいい。ここではまだ塩もコショウも振らないこと。
120°Cのオーブンで穏やかに火を入れる
オーブンは120°Cに予熱する。20〜30分かけて、庫内環境を安定させておくこと。
「肉を焼く位置にオーブン用温度計を置いて、きっちりと温度を計ることも失敗を防ぐポイントです。コンベクションやスチームオーブンではない、通常のドライオーブンでOKですよ」
肉が直接天板に触れないように、金属製のバットの上に金網を設置し、肉はその上に載せて加熱する。こうすることで肉の下側にも庫内の熱を対流させることができるのだ。加熱時間の目安は下記を参考に。上側の方が火が通りやすいので、途中で一度裏返すこと。裏返してさらに焼き、目安時間になれば取り出して、重量を計る。この段階では焼き色は付かず、全体が灰色っぽくなる程度だ。目安の時間になっても目指す重量になっていなければ、もう一度オーブンに戻し、さらに5分加熱してから重量をチェックすると良い。
ポイント1:重量によって焼き時間は変わる
庫内温度120°Cのオーブンで焼くときの肉の重さと焼き時間の目安は下の表の通り。ただし、この焼き時間はあくまでも目安。火入れの判断は、重さを計って行うこと。
低温加熱の目安時間(庫内温度120°Cのオーブンで焼く場合)
肉の重量 | 調理時間 |
200g | 20分焼き、裏返して15分 |
400g | 30分焼き、裏返して25分 |
600g | 40分焼き、裏返して35分 |
1000g | 60分焼き、裏返して55分 |
ポイント2:オーブン用温度計は必須
設定温度と実際の温度が違うこともあるので、オーブン用温度計(オーブンメーター)は必須。庫内の場所ごとの温度もわかり、オーブンのクセをつかむのにも役立つ。
焼き色は強火で手早くこんがりと
肉が目指すべき重量になったら、ここで肉に塩をする。すべての面にまんべんなく行き渡るように振ること。水島氏は粒子が細かい「伯方の塩・焼塩」を使用。サラサラと振りやすく、計測しやすいのが魅力だ。塩分は肉の重量の0.8%だから、200gの場合は1.6g。この段階ではその2/3である小さじ1/5(約1g)にとどめる。1gが測れる計量スプーンがあると便利だ。フライパンにオイル(好みのものでOK)小さじ2を加えて強火で熱する。手早く焼き色をつけたいので、ここでは強火で、煙が出るくらいまで予熱をする。
「表面に焼き色を付けるだけなので、フライパンの材質などは特にこだわらなくても大丈夫です」
焼くのは盛り付けたときに上になる面から。30秒たったら裏返して15秒。残りの側面も10秒ずつ焼いて、すべての面にこんがりと焼き色をつける。
ポイント:小さい面にもしっかり焼き色を
大きな面だけではなく、側面の小さい断面にも焼き色をつけると香ばしさがアップ。小さい面を焼くときは、トングなどで支え持って焼くと良い。
必ず休ませて肉汁を落ち着かせる
肉が焼きあがったら取り出して、潰した黒コショウを振ってアルミホイルで包み、5分ほど休ませる。肉汁を落ち着かせるのが目的だ。
「焼きあがったばかりの状態は、肉の中の水分子がまだ動いているので、焼きたてを切るとせっかくの肉汁が外に出てしまいます。中心温度の上昇が止まるくらいまで休ませると肉汁は安定します。この調理法では事前に中まで火を通しているため、最後にさっと焼いても休ませる時間が短くてすむため、5分ほどで大丈夫」
また、黒コショウを潰して使うのは、ミルで引くよりもえぐみが抑えられるから。黒粒コショウをペーパーなどで包み、肉叩きやビンで叩けばいい。5分たったら肉をカット。塩と黒コショウを添えて、好みで切り口に振りながら食する。休ませた間に出る肉汁に醤油やワサビを加えたり、好みのビネガーとオリーブオイルを加えると軽いソースになる。
ポイント:コショウとともにホイルに包む
肉に潰した黒コショウを振ってアルミホイルで包み5分休ませる。焼く前にコショウを振ると香りが飛んでしまうが、こうすれば熱でコショウの香りが立ち風味がアップ。
教えてくれたのは……
フランス料理シェフ・料理研究家
水島弘史
大阪あべの辻調理師専門学校、同校フランス校卒業。2009年までレストラン『サントゥール
(エムズキッチンサントゥール)』を営業する一方、2004年から科学的調理理論を取り入れた料理教室を開始。大学や企業のメニュー開発や調理アドバイスも行う。『本当においしい肉料理はおウチでつくりなさい』(青春出版社)など著書多数。
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buono 編集部
使う道具や食材にこだわり、一歩進んだ料理で誰かをよろこばせたい。そんな料理ギークな男性に向けた、斬新な視点で食の楽しさを提案するフードエンターテイメントマガジン。
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