
低温調理、最終案内。|短時間で熟成効果のある最新メソッドを徹底解剖

buono 編集部
- 2020年10月07日
INDEX
40数年前にフランスで真空調理法として産声を上げ、時代とともに進化をし続けてきた
プロのメソッド“低温調理”。そのメソッドを科学的裏付けとともに身に付け、実践してみよう。
監修してくれたのは、料理人であり作家でもある樋口直哉氏。書籍『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA)、『定番の“当たり前”を見直す 新しい料理の教科書』(マガジンハウス)など、科学的な視点から料理を分析・探究する活動に注目が集まっている。

道具とロジックで極める
“低温調理”とは、端的に言えば、食材の一部のタンパク質を変性させない温度帯(60度前後)で均一に火入れし、例えば塊肉などをやわらかく調理する技法である。
「さらに肉の場合、含まれる酵素が作用する温度帯とされる40度から60度を長く通過させることで、熟成と同じ効果が短時間で得られます。それによって、タンパク質が分解し“コク味”成分が増える。これこそ、低温調理の最大のメリットです」と樋口氏。
もはやプロだけでなく料理ギークも注目するメソッドの基礎 知識から定番肉の加熱時間、日 本未上陸の最新ツールを使った至高のレシピまで紹介。低温調理の現在地を徹底解剖する。
※掲載の温度や時間は各料理人の経験に基づくもので、食材の管理などにより調整が必要です。 また豚肉に関して、安全な加熱調理の目安は「中心温度63°C 30分」とされています。
“低温調理”イマドキの潮流
1979年にフランスの料理人ジョルジュ・プラリュ氏が生み出した低温調理は大別して2つの流れがある。ひとつは湯煎やオイルバス、スチームコンベクションオーブンを使用した“恒温調理”。もうひとつは、『アルページュ』のアラン・パッサール氏が編み出した“低温ロースト”の流れだ。以来、様々な手法で進化を遂げている。
低温ロースト系
『アストランス』のパスカル・バルボ氏が編み出したオーブンに短時間出し入れする手法は、手間と時間はかかるが失敗も少なく、塊肉のローストにはおすすめの調理法。
- 弱火のグリヤードや鉄板、鋳鉄の鍋で転がしながら低温やけどをさせるように焼く。
- オーブンに短時間、入れては休ませることを繰り返す。
恒温調理系
オイルバスとは恒温湯煎器の油版。油の中には空気がないので真空調理法の一種だが、袋に入れず食材をそのまま加熱す るのでより均一な火入れができるという主張がある。
- 湯煎
- スチームコンベクションオーブン
- オイルバス
安全基準と対策で挑むべし
低温調理のテクニックを学ぶ前に、大前提として安全基準を満たさなければならない。新鮮な食材を買い、冷蔵保存や道具の殺菌、調理前に手の洗浄など衛生面は一般的な調理と同じだが、気をつけたいのは加熱の温度帯だ。低温でも、長い時間をかけて加熱することで菌は減少する。右の厚生労働省による加熱基準も頭に入れておこう。
加熱基準
鶏肉や豚肉、牛肉にはサルモネラ菌とカンピロバクターの危険があるが、55〜60°Cの長時間加熱でリスクが減らせるので、55°C以上の温度設定が基本。魚のタンパク質はより低い温度で凝固を始めるので47°C以上にするが表面を焼けば腸炎ビブリオ菌は死滅する。
- 低温調理に向かない素材
- 豚レバー
- 挽肉
- 牛レバー
- 海老類
食中毒対策
「付けない、増やさない、やっつける」が、食中毒対策の基本。とりわけ魚は生食用を選び、 扱う時は調理専用の手袋を着用すべし。下の写真の「ニトリル手袋」は、ゴワゴワ感がなく手に密着して細かい作業ができるので樋口氏も推奨。
厚生労働省による食肉の加熱基準を参考に
以下は、ローストビーフ(特定加熱食肉製品)などを販売するときに定められた基準だが、低温調理の温度帯でもクリアできることがわかる。
- 製造に使用する原料食肉は、と殺後24時間以内に4°C以下に冷却し、且つ、冷却後4°C以下で保存した肉塊でpHが6.0以下でなければならない。
- 製造に使用する冷凍原料食肉の解凍は、食肉の温度が10°Cを超えることのないようにして行わなければならない。
- 製造に使用する原料食肉の成形は、食肉の温度が10°Cを超えることのないようにして行わなければならない。
- 食肉の塩漬けを行う場合には、肉塊のままで、乾塩法または塩水法により行わなければならない。
- 塩漬けした食肉の塩抜きを行う場合には、5°C以下の飲用適の水を用いて、換水しながら行わなければならない。
- 製造に調味料等を使用する場合には、食肉の表面にのみ塗布しなければならない。
- 製品は、肉塊のままで、その中心部を以下の表Aに掲げる温度の区分に応じ、掲げる時間加熱し、またはこれと同等以上の効力を有する方法により殺菌しなければならない。この場合において、製品の中心部の温度が35°C以上52°C未満の状態の時間を170分以内としなければならない。
表A
55°C | 97分 |
56°C | 64分 |
57°C | 43分 |
58°C | 28分 |
59°C | 19分 |
60°C | 12分 |
61°C | 9分 |
62°C | 6分 |
63°C | 瞬時 |
低温調理の申し子、ANOVAを使ってみた。
ANOVAは、水を張った鍋に入れ、温度設定するだけで袋に入れた食材を一定温度で加熱できる恒温湯煎器。
「低温調理は料理人の勘や感覚を数値化した調理法なので、食材と温度の関係さえ理解すればプロ級の火入れができます。スイッチを入れたら放置していいので、その間に付け合わせやソースも作ることも。業務用の約10分の1という価格も魅力的」
最小限の道具だけで簡単&安全にできる!
ANOVAを使う際に必要なのはジッパー付きの食品保存袋とクリップ、寸胴鍋のみ。鍋は深めのパスタポットが使いやすい。手軽なだけでなく、火を使わないので、日をまたいだ使用でも火事の心配がなく、安全性も高い。
工程1
鍋にMINメモリより上まで水を入れ、設定した温度表示になったら、食材入りの袋を浸ける。
工程2
水圧を利用して空気を抜きながら封をする。
工程3
本体に付かないようにクリップで留める。
ポイント
蒸発が心配な場合はラップをかける。
使用後は必ず水気を拭き取る
ANOVAを使った後は、下部のステンレスを外し、錆の原因にならないように中の水気をしっかり拭き取る。
ANOVAはソース作りから再加熱まで多彩に活躍!
ANOVAが活躍するのは以下に紹介する肉や魚の火入れだけではない。
樋口氏によれば、「ソース作りやチョコレートのテンパリング等にも効果を発揮します。料理の再加熱も調理時と同じ温度で行えば美味しい状態に戻せます」とのこと。
食材別 加熱時間の目安
食材の火入れは、温度と湿度と時間が大いに影響する。
「その点、ANOVAを使うと空気を抜くので湿度の影響をゼロに。温度と時間の関係さえ掴めば、より好みの火入れ加減にできるのです。ただANOVAでは表面に焼き目が付かないので、仕上げはフライパンかオーブンを使って下さい」(樋口氏)
それぞれ食材ごとにおすすめの温度帯を示しているので参考にしてほしい。
鶏もも肉(骨なし)45分〜1時間加熱の場合
65°C
中心がピンク、レア。おすすめ。
75℃
白くなるがやわらかい、ミディアム。
85℃
繊維が見える、ウェルダン。
鶏むね肉(厚さ2.5cm、1時間半加熱/厚さ4cm、2時間加熱)の場合
60°C
中心がピンク、レア。おすすめ。
65°C
全体に白い、ミディアム。
70°C
断面に繊維が見える、ウェルダン。
牛ステーキ(赤身、厚さ2cmで45分加熱/厚さ2.5cmで1時間加熱/厚さ4cmで1時間半加熱)の場合
52°C
レア。
54°C
ミディアムレア。おすすめ。
56°C
ミディアム。
60°C
ウェルダン。
鱈(白身魚、厚さ1.3cmで30分加熱/厚さ2.5cmで40分加熱/厚さ4cmで1時間加熱)の場合
40°C
レアな食感。
45°C
フレーク状になり始める。
50°C
火が通った状態。おすすめ。
55°C
乾燥が始まる。
豚肉部位別で比べてみれば……
部位による火入れはコラーゲン量で変わる。例えばコラーゲン量の少ない豚肩ロースの場合、高い温度は必要ない。逆にコラーゲン量の多い豚バラ肉は高い温度と時間が必要。
「60°Cを目安に部位に応じて温度を使い分けると良いでしょう。コラーゲンは68°Cで分解を始めますが、それより低い温度でも長い時間をかければやわらかくなります」
【60°C×1時間加熱】豚ロース×ポークチョップ
材料(4人分)
豚ロース肉……950g
塩……10g
ニンニク……1片
ローズマリー……2枝
バター……15g
オリーブ油……大さじ2
水(もしくは白ワイン)……適量
作り方
1
ANOVAを60°Cに予熱する。
2
肉に塩を振る。表と裏も全体にまんべんなく。
3
袋に移してローズマリー1枝、皮ごと潰したニンニク、オリーブ油を加える。
4
ANOVAで1時間加熱する。
5
袋から肉を取り出し、予熱したフライパンで脂の面から焼いていく。
6
バターを溶かし、全面に焼き色が付いたらフライパンから取り出す。
7
低温調理後の袋に残った肉汁をフライパンに入れて加熱し、鍋肌で焦がしてから水もしくは白ワインを加えて溶き伸ばす。
8
皿に肉を盛り付け、7を濾しながらかけてローズマリー1枝を添える。

【60°C×8時間】豚肩ロース×チャーシュー
低温で加熱してオーブンで焼くだけで至福のしっとり感。
材料(4人分)
豚肩ロース肉……600g
塩……6g
チャーシュー醤……55g
辛いマスタード……適量
炒りごま……適量
作り方
1
ANOVAを60°Cに予熱する。
2
肉を4cmの厚さにスライスし、塩を振って20〜30分間置く。
3
キッチンペーパーで肉の表面を拭き、袋に肉を入れチャーシュー醤を加えて軽く揉み込む。
4
ANOVAで8時間加熱する。
5
袋から肉を取り出し、全体にチャーシュー醤を薄く塗って、220°Cで余熱したオーブンで焼き色が付くまで加熱する(約5分)。
6
肉を一口大にスライスし、皿に盛り付けて完成。好みでマスタードと炒りごまを付けていただく。
【80°C×7時間加熱】豚バラ×豚肉キャラメリゼ
ほろほろの赤身とジューシーな脂が口の中でとろける。
材料(4人分)
豚バラ肉……600〜650g
塩……肉に対して0.5%
《キャラメリゼソース》
ニンニク(薄切り)……3g
醤油……100cc
はちみつ……60g
オリーブ油……大さじ1
粒マスタード……小さじ2
作り方
1
ANOVAを80°Cに予熱する。
2
ボウルにソースの材料を入れ、よく混ぜる。
3
肉に塩を振って20〜30分間置いておく。
4
キッチンペーパーで肉の表面を拭き、袋に入れてキャラメリゼソース大さじ3を加え軽く揉み込み、ANOVAで7時間加熱する。
5
袋から肉を取り出し、カットして皿に盛り付ける。
6
低温調理後の袋に残った肉汁と残りのソースをフライパンで煮詰める。
7
皿に好みでサラダや茹で野菜(分量外)を添え、肉に6をかける。
“レア”と“ちょい焼き”のあいだに
肉より低い温度でタンパク質が凝固する魚は、より手軽に低温調理ができる。サーモンを 45分間低温加熱すると、40°Cでぎりぎりレア感のある火入れ、45°Cでフレーク状になり始め、50°Cで火が通った状態に仕上がる。
「魚の基本温度は50°C。他にも鮪や白身魚全般にも合います。ただし青魚は臭みが残ってしまうのでおすすめしません」
サーモンの冷製コンフィ
材料(2人分)
刺身用サーモン……400g
オリーブ油……適量
塩昆布(みじん切り)……適量
茹で野菜……適量
レモンビネグレット……適量(レモン汁大さじ1、オリーブ油大さじ3、塩・コショウ各適量を混ぜる)
パセリオイル……適量(パセリ30gを茹でて、植物油50gとミキサーにかける)
《ブライニング液》
水……360cc
塩……36g
砂糖……18g
作り方
1
ANOVAを40°Cに予熱する。
2
サーモンをブライニング液に45分間漬ける。
3
液体からサーモンを取り出し、表面をキッチンペーパーで拭く。袋に入れ、オリーブ油を加える。
4
ANOVAで1時間加熱する。
5
氷水に入れて冷やす。冷蔵庫で1時間ほど休ませる。
6
キッチンペーパーで表面を拭き、四等分にカットする。
7
皿に盛り付け、塩昆布のみじん切りをまぶし、レモンビネグレットとパセリオイルで和えた茹で野菜を添える。
ポイント
ブライニングすることで、焼き鮭によくある白いブヨブヨ(アルブミン)が出なくなり、塩が均一に回って仕上がりも綺麗になる。
サーモンソテー
材料(2人分)
刺身用サーモン……400g
オリーブ油……適量
茹で野菜……適量
《焦がしレモンバターソース》
無塩バター……40g
レモン汁……1/2個分
醤油……小さじ1
パセリ(みじん切り)……適量
ケッパー……適量
《ブライニング液》
水……360cc
塩……36g
砂糖……18g
作り方
1
ANOVAを45°Cに予熱する。
2
サーモンをブライニング液に45分間漬ける。
3
液体からサーモンを取り出し、1人分の大きさにカットする。
4
表面をペーパーで拭き、袋に入れてオリーブ油を加える。
5
ANOVAで45分間加熱する。
6
袋からサーモンを取り出し、高温に熱したフライパンで皮目から両面を焼き、皿に盛り付ける。
7
焦がしレモンバターソースを作る。バターを溶かし、褐色になるまで少し焦がす。レモン汁と醤油、パセリ、ケッパーを加え て火から外し、混ぜ合わせる。
8
サーモンにソースをかけ、茹で野菜を添える。
ポイント
仕上げにフライパンで皮目を焼く時は、高温に熱したフライパンでさっと炙る程度に焼く。 よく火を通すと低温調理が無意味に。
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写真=深澤慎平/加藤史人/久保田敦/西島渚
文=藤谷良介/本多美也子/河西みのり/和谷尚美/岡村一葉
監修・調理=樋口直哉
参考文献=「マギーキッチンサイエンス」(共立出版)
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PROFILE

buono 編集部
使う道具や食材にこだわり、一歩進んだ料理で誰かをよろこばせたい。そんな料理ギークな男性に向けた、斬新な視点で食の楽しさを提案するフードエンターテイメントマガジン。
使う道具や食材にこだわり、一歩進んだ料理で誰かをよろこばせたい。そんな料理ギークな男性に向けた、斬新な視点で食の楽しさを提案するフードエンターテイメントマガジン。