雲海の上、星空の下・後編|ホーボージュンの全天候型放浪記
フィールドライフ 編集部
- 2021年10月03日
日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖。その広大な湖面を漕ぎ回った翌日は、早朝から藻琴山を目指す。そこで目前に広がった光景とは……?
>>>前編はこちら
文◎ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◎二木亜矢子 Photo by Ayako Niki
出典◎フィールドライフ 2020年秋号 No.69
昨日漕ぎ渡った湖が、今日は雲の海になっていた。
ゴキゲンで酔っ払い、テントに潜り込んでわずか2時間後の午前2時すぎ。ツカちゃんに叩き起こされた。これから外輪山の藻琴山に登ろうという。
「今夜は放射冷却がすごいから、けっこう雲海が湧くと思うんだ。今日の日の出時刻は4時55分。4時半には明るくなるから、その前に山頂に着ければ最高の景色が見られるはず。急ごう!」
慌ててトレッキングシューズを履き、そのまま藻琴山登山に出た。まだ半分夢のなかで足元が覚束ない。いや、正直にいうとまだ酔っ払っていた。ヘッドランプの光が千鳥足を照らす。ハイマツに覆われた狭い登山道をゼエゼエいいながら登っていく。
最近、全国的に「雲海スポット」が注目されているが、雲海は気象条件が揃わないとなかなか出現しない。しかし夏の屈斜路湖は雲海の発生率がとても高い。
屈斜路カルデラの雲海には特殊な発生プロセスがあるそうだ。夏の暑い日にカルデラ内の気温が上がると、屈斜路湖の水温と気温の温度差によって大量の湖水が揮発する。それがカルデラ壁によって外部に流出しないまま空中に漂い続ける。そして夜間の放射冷却によって冷やされると、明け方に雲状になってカルデラ底部を覆い尽くす。いったん上空に上がった水蒸気が山肌を舐めるように下ってくるようすはそうとうエモいらしい。
こういった雲海見物に最適な時間帯は日の出からの小一時間。ツカちゃんが先を急ぐのはこのためだった。
9合目にある屏風岩まで登ったところで夜明けが訪れた。真っ暗だった夜に微かな光の粒が舞い始め、山々の輪郭が明らかになってきた。仄明かりの先を見ると黒く大きな山塊が見えた。斜里岳だった。
やがて闇をメリメリとこじ開けるようにして斜里岳の肩から太陽が昇ってきた。それは火の玉のように赤かった。太陽は一度雲の影に隠れ、次に現れたときには真っ白に燃えていた。そのとたん、暁が屈斜路カルデラを照らし出した。そして僕は眼下に沸き立つ雲海を見た。
「すげえ……」
それまで湖面だと思っていた眼下の白いベールはすべて雲だった。巨大な釜の縁一杯に雲が広がりタプンタプンと揺れている。カルデラとはスペイン語で〝鍋〞という意味だが、なるほど巨大な中華鍋を見ているようだ。
朝陽がたゆたう雲を美しく照らした。雲のなかに中島がポッカリと浮き上がり湖の地形がそのまま雲の形になっていた。外輪山の向こうには雄阿寒岳の堂々たる姿も見える。噴火と隆起を繰り返してきたこの地の歴史が、そのまま原寸大のジオラマになって広がっていた。
山頂に着くころには、空はすっかり明るくなっていた。MSRのウインドバーナーでお湯を沸かし、コーヒーを淹れた。僕らは熱いコーヒー飲みながら雲海の動きを眺めていた。それは海の波や焚き火の炎と同じでいくら眺めていても飽きることがない。
「俺たち昨日はあそこを漕いでたんだよなあ」
「こうやって見ると雲が湖の形そのものだ」
「雲の上だって漕げそうな感じがするな」
やがて太陽の位置が高くなり、カルデラ内の気温が上がるにつれて雲海は徐々に霧散していった。次々と移り変わっていく自然の光景に僕らはすっかり魅了されていた。しかし考えてみればこの地球上に不変なものなどひとつ存在しない。悠久に思えるこのカルデラすら何度も姿を変えてきたのだから。
帰り道、登山道のダケカンバが色づいているのにふと気がついた。昨日は湖畔でも30℃を越える猛暑だったのに、山にはもう秋が来ているのだ。
翌日はどしゃ降りになったが、僕らはめげずに漕ぎ続けた。アウトドアの旅と悪天候は仲の良い兄弟のようなものだ。そう思えば雨もちっとも苦ではない。
「それはジュンさんが雨男だから自分にそう言いきかせてるだけっしょ。前回だってひどい荒天だったし」とツカちゃんが皮肉る。まあそれも真実だけどさ……。
じつは2年前にも僕らはSUP&登山の旅を企てていた。このときは支笏湖と恵庭岳、然別湖と南ペトウトル山、そして屈斜路湖と藻琴山の3エリアを候補にし、どの山域に向かうかは直前の天気で決めることにした。ところが蓋を開けてみたら全滅。全道が猛烈な荒天に襲われ、唯一晴れているのは北海道最北端の利尻島だけだった。そこで急きょ僕らは北へ向かい、利尻島南岸をSUPでめぐり、その後利尻岳を縦走したのである。
「まあ、そのおかげでおもしろい旅になったけどね」
木陰で雨宿りしながらそんな話をした。
「……で、これからどうしようか?」
「帯広から南側は晴れてるみたいだけどね」
「じゃあ歴舟川をラフトで下って海まで出てみる?」
「いいねえ! その話乗った!」
こうして旅が転がっていく。明日はどこへ向かうのかさっぱりわからない。でもそんな旅が僕は好きだ。風と波、雲と雨が行き先を決める。そんな日々に恋い焦がれて、僕らは空の下を旅しているのだ……。
だが予報に反して、その夜は満点の星に囲まれた。
旅はまた振り出しに戻ったのだ。
僕らは大笑いしながら、作戦を練り始めた。
さあ、俺たちの明日はどっちだ。
>>>この道東SUP&トレッキングの旅で使用したアイテム紹介は【装備編】にて!
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文◎ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◎二木亜矢子 Photo by Ayako Niki
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。