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荻窪圭のマップアプリ放浪「話題の『危険な地名』『瑞祥地名』の背後に隠された本当の地形リスク」

昔と今を見比べるなら今昔マップ

台風や大雨の時期になると毎回随所で話題になるのが『危険な地名』である。

こういう地名のところに住んではいけないとか、こういう地名は安心だとか、一見大丈夫だけど実は……とか。

で、毎年思うのだが、その手の記事の多くが結構いい加減なのである(専門家がちゃんと書いているものは除く)。「えっ! そんな乱暴なこと書いちゃっていいの?」と思うレベル。

確かにセンセーショナルな内容の方がウケるだろうけど、間違ってはマズい。

そこで地名と危険な場所の話の関係はどのくらいあるのか、ちょっと書いてみたい。

え? どうして? 山手町なのに水害!

2018年7月、山手町で大雨による大規模な水没と言っていいくらいの浸水被害があった。山手っていう言葉は、普通は山に近い場所や山があるエリアを指す。江戸の場合は高台の住宅地を示す言葉なわけで、水没とは程遠いイメージだ。

いったいどこの山手? 横浜?

実はぜんぜん違っていて、広島県福山市山手町のこと。地元の人ならすぐピンとくる地名だが、多くの人は知らないはず。

そんな場所を持ち出したのは、今回『今昔マップ onthe web』を紹介したかったからだ。これは、埼玉大学教育学部 谷謙二研究室が公開している『時系列地形図閲覧サイト』で、全国のかなり広い範囲の古地図を網羅しており、ウインドウの左に古地図、右に現代地図を表示して昔と今を比較できるという優れたサイトなのである。Webブラウザで『今昔マップ』で検索するとすぐ見つかるはず。

福山市山手町。左が明治時代後期の地図。右が現代の地図。

今回見たいのは『福山市』なので収録地域から『岡山・福山』を選ぶ。福山市は広島県だが、広島県は東西に非常に長く、広島市は広島県の西部、福山市は東部で岡山県に近い場所だから、岡山と一緒に収録されてるのである。

この手の話題って東京や大阪といった大都市圏がピックアップされがちだけど、広い範囲を網羅した古地図サイトもあるのだね。

その福山市山手町だが、今昔マップで見ると、土地勘がなくても一目瞭然の地形。

今の山手町、綺麗な住宅地だが、明治時代の地図を見ると見事に全部田んぼ。

東側を流れる大きな芦田川流域の低地で、そこに支流の小田川や福川が流れ込んでいる場所。川の合流地点の低地でかつては田んぼという典型的な地形だ。芦田川の水位が上がりすぎると支流から芦田川に水を流すことができなくなり、溢れやすい(実際には排水ポンプなどが設置されて対策されているが、それを超える水が流れてきたのだろう)。

この辺りちょっとした縁で訪れたことがあるのだが、田んぼと住宅地のハイブリッドで用水路も非常に多く「え、この地形で山手町?」と思った記憶がある。

なぜここが山手町か。

明治の地図をよく見ると、北西の山の麓に集落があり、そこが『山手』なのだ。その裏の山には中世の山城跡があり、農地だった低地、集落があった山麓、城があった山全体がひとつの『山手村』で、そこが昭和17年に福山市に合併されて福山市山手町となり、農地が住宅地となって『山手町×丁目』になった、多分そんな単純な話なのだろう。

元々集落は『山手』にあったのだが、昭和の人口が爆発的に増えた時代に、水田が住宅地になったのだ。1965~70年頃の地図と1978~88年の地図を見比べると、一気に宅地化されたことがわかる。実は福山駅にほど近く、住宅地として便利で、なおかつ平らな土地だったというのもあろう。

元々旧山陽道より山側に集落があったが、昭和の後期に水田が一気に宅地化したのがわかる。

昨年洪水で話題になった自由が丘は丘か谷地か

古い地名の多くは地形由来なので、山手といったら高台と思いがち。特に『~丘』や『~台』とあれば低地だとは思わない。

で、先日どこかの大手メディアのコラムで『自由が丘』が俎上にあげられていた。昔から水害があったから危険だという話だ。

これは『乱暴な話』の例。確かに『自由が丘駅』はかつて『九品仏川』が流れていた(今は暗渠化されて緑道になっている)谷地にあるから駅前あたりは低地で、九品仏川は小さな川なのでよく溢れたろう。

でもそれは『駅前』が低地というだけで『自由が丘』が谷地って意味じゃない。ちゃんと『丘』なのだ。昭和3年、台地上に自由教育を目指した自由ヶ丘学園が開設され、それまでの『九品仏駅』がそれにちなんで『自由ヶ丘駅』に改称(昭和4年)、昭和7年には町名まで自由ヶ丘になったというスピード感がすごい(今はどちらも『自由が丘』)。

明治時代の地図を見ると川とその周辺の水田があり、鉄道はそこに通されたが、学園はそこから少し高くなった台地上に作られたのがわかる。

左が自由が丘駅も自由が丘学園もない頃の自由が丘(という地名すらない)。右が現在。位置関係がわかるようにマークをつけてみた。右下が駅。

自由が丘駅は『丘』と言いながら谷地にあるのだが、自由ヶ丘学園があるのは高台なのだ。自由が丘駅が低地にあって水害の危険がある=自由が丘が危険、ってのは本来の自由が丘から見れば因縁をつけられたようなもの。まあ、自由が丘の高台に住めるような人はそんなイチャモン気にしないだろうけど。

自由が丘駅と自由ヶ丘学園。それぞれの位置をわかりやすいように、スーパー地形で地形を表示してみた。

めでたいと危ない? 瑞祥地名は危険?

と言われても『自由が丘』って地名はなんかとってつけたような感があってもぞもぞするよね。明治時代の地名は『大字衾字谷畑』。『大字衾字谷畑』と『自由が丘』ではえらい違いだ。

そう思って地図を見ると『希望ヶ丘』『ひかりが丘』『光が丘』『ひばりヶ丘』『ゆめが丘』『つつじヶ丘』『美しが丘』『桜が丘』なんていう『キラキラした丘地名』がいっぱい見つかる。

団地名でとどまっているものから地名や駅名に昇格したものまで多数あるが、共通点はそれが土地古来の地名ではなく、(多くは)開発された住宅地に新しくつけられた地名ということ。

『丘』と同じくらい人気なのが『台』。

逆に『希望ヶ谷』とか『美しが沼』って聞かない。『渋谷』や『下北沢』のように古くからの地名のまま著名になった土地はあるけれども、新しく『ひかりが谷団地』とかいかにもなさそう。新興住宅地って高度成長期以降に丘陵地や台地を開発して作られることが多かったから、『ヶ丘』系が多いのはわかるが、それ以上に低地より高台の方がはるかに住宅街として高級そうでイメージがいいってことだ。

こういう、元々の地名や歴史を無視して付けられた縁起のいい名前を『瑞祥地名』(ずいしょうちめい)と呼んでいる。例えば室町時代後期に付けられたあの地名がそうだ。岐阜県の『岐阜』。これ、城下町の『井之口』を織田信長が『岐阜』と改称したのである。このとき、僧侶が3つの地名候補を出してそこから信長が『岐阜』を選んだと言われている(それ以前から地名は存在したそう)。

でもまあ、『~ヶ丘』とついていてちゃんと『丘』っぽい場所だったら『ああ、高台にある比較的新しい住宅地なのね』ってのがわかるからいい。でも中には『え、これが丘???』ってこともある。

わたしがよくネタにするのは世田谷区にある『希望ヶ丘団地』。どう見ても高台にある団地って名前だよね。希望の丘だもんね。

ではその希望ヶ丘団地がどんな場所に建てられたか、今昔マップで今昔を並べてみよう。赤い四角で囲んだエリア内にあるいくつかの大きな建物が『希望ヶ丘団地』。URの賃貸住宅だ。

明治の地図と見比べてみるとどう見ても『丘』というより川沿いの水田地帯、つまり低地じゃないか。

左が明治期、右が現代の希望ヶ丘団地周辺。水田跡なのに
『丘』!

団地内を川が流れていて(今は暗渠でそこは公園となっているので知らない人は気付かないだろうけど)『ヶ丘』ってのはちょっと盛りすぎかなって気はする。

東京の団地って、広い土地をまとめて確保できることからか、農地だったところが多いのだけど、さすがに『ヶ丘』はびっくり。まあよくみると、川沿いの台地の端に被ってちょっと高い位置にある棟もあるからいいのか。

ちなみにこの団地の裏手にある公園(地図の緑色の○があるところ)の名前は『葭根(よしね)公園』。葭は水際や湿地帯に群生する背の高い草で『葭根』は明らかに低地の地名であり、このあたりがそう呼ばれていたのだ。

だからと言って大雨があるとここが直ちに水害に遭うわけじゃないし、普段から雨に弱いってこともないのだけど(そこまでの高低差はない)、地形と名前が一致してるとは限らないという良い例にはなるかと思う。

地名に一喜一憂するより地図をみよう

そろそろまとめたい。

地名はその土地を表すというけれども、地形由来のものもあれば、後からつけられた瑞祥地名もあるから、時にはアテにならないのが現状だ。

昔の『大字-小字』の時代は小さな範囲の地名も残っており、『小字』レベルの地名にその土地の特徴が現れていたものだが、今は一つの地名がより広い範囲を示すようになっているから、地名だけでここは安全ここは危険っていうのは言えないのだ。

じゃあどうするのがいいか、というと、それが本題で知りたい土地の昔と今を比べてみるのである。明治時代はまだ古い地名が残っているし、人々はまだその土地とつきあいながら生活していたので、人々はどこに集落を作り、どこを避けていたかがよくわかるのだ。

『今昔マップ』は明治・大正期の地図を現代と見比べられる上に、全国の広い範囲を網羅しているのがいい。この手の記事ってどうしても大都市圏が中心だからね。

今住んでる土地がどんなところだったのか知りたければ、今昔ふたつの地図(今昔マップは4分割まで可能だ)を並べて見比べるのに勝るものはないのである。

今回紹介したのは「今昔マップon the web」と「スーパー地形」

今昔マップon the web

今昔マップon the webの初期画面。非常に広範囲の古地図が登録されているのがわかる。iPadのSafariをスクリーンショット。

■URL:http://ktgis.net/kjmapw/

スーパー地形

『カシミール3D』を開発したDAN杉本氏が手がけた地図アプリ。地形や各種地図を重ねて見られる他GPSログ機能もある。
「スーパー地形」
販売元:Tomohiko Sugimoto 取材時のバージョン:4.0.6
価格:無料(App内課金、機能制限解除980円)

■App Storeで「スーパー地形」をダウンロード
■Google Playで「スーパー地形」をダウンロード

(この記事は『flick! 2020年11月』に掲載された「荻窪 圭のマップアプリ放浪」を再編集したものです)

出典

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PROFILE

荻窪 圭

flick! / ライター

荻窪 圭

老舗のIT系ライター、デジカメライターなるも、趣味が高じて『古地図と地形図で楽しむ東京の神社』(光文社知恵の森文庫)など歴史散歩本執筆や新潮社の野外講座『東京古道散歩』講師なども手がける。 https://ogikubokei.blogspot.com/

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