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荻窪圭のマップアプリ放浪「世界有数の歓楽街『六本木』の在りし日の姿に迫る!」

『六本木』は、いつから今の華やかな『六本木』になった? 

はじめて六本木へ行ったのは、1980年代のはじめころ、ロック好きの友人が『ハードロックカフェ東京』というのが六本木にできたから行ってみようというのでついて行った時。あるいは、六本木WAVEだったかもしれない。シネ・ヴィヴァン六本木もあったし。

ググって見ると、ハードロックカフェ東京も六本木W AVEも1983年にオープンしてるので、それで話題になってたんだろう。

六本木のハードロックカフェ東京。1983年オープン。2010年撮影。

当時はバブルに向かう登り坂で街は華やかで、夜の六本木なんて迷い込んだら2度と帰ってこられなさそうで貧乏学生にはアウェイ感しかなく、そそくさと用事だけ済ませて帰ってきた記憶しかない。今でもなんとなく苦手だ。

江戸時代の六本木は?

で、そもそも六本木はどんな場所だったのか。昔から『六本木』だったのか。今、六本木は七丁目まであるけれども、元々の六本木はどこなのか。六本木交差点でいいのか。気になってきた。

というわけで古地図の出番である。

『国立国会図書館デジタルコレクション』の江戸絵図から『六本木』を探すのだ。

ざっと調べたところ、『六本木』とはっきり書かれている一番古い地図は寛文13年(1673年)の『寛文江戸外絵図』。

1673年の六本木。誰が読んでも『六本木』と書いてある。東西の道は今の『外苑東通り』だ。国立国会図書館デジタルコレクション『寛文江戸外絵図』より。

これだと素っ気なさすぎてわかりづらいのでもうちょっと新しい地図(1772年の分間江戸大絵図)を引っ張り出してみた。

1772年の六本木。小さめの屋敷がびっしり並んでいる。六本木隣の『京セン寺』や、少し西にある天祖神社は現存している。国立国会図書館デジタルコレクションより。

この頃の絵図って『武家屋敷』中心の住宅地図的な要素が強くて、誰の上屋敷がどこにあって門はどこにある、が一番大事な情報だったので細かい地名は意外に載ってなかったりするのだが『六本木』はあるのである。

それだけピンポイントで有名な場所だったと思っていい。

『六本木』って何の『木』だった?

六本木の語源は実のところわかってない。松が6本あったとか榎が6本あったとか『木』の付く武家の屋敷が6軒あったとか諸説あるけど、まあ普通に考えて、目印となる木が6本あったんだろうなと思う。

この地図に描かれてる『六本木』は今のどこにあたるのか。龍土町の天祖神社は今でも残るので土地勘がある人はだいたい想像できるけど、ピンとこない人のためにもうちょっと広域の地図で見てみよう。

わかりやすいように、現在のランドマークや道路名、交差点名も入れてみた。

広域で見ると主要道がそのまま生きているのでよくわかるはず。今の赤坂郵便局交差点と飯倉交差点のちょうど中間に位置しているのだ。国立国会図書館デジタルコレクションより。

赤い『<』がいっぱい入っているのはこの絵図の持ち主だった人が書き込んだものだと思う。どういう意味かはよくわからない。

ただ『この辺アサフリウト』(麻布龍土)とか『ナンフサカ』(南部坂)今に残る地名や坂の名前がも描かれてるし、何より今の国道1号と国道2 46号(青山通り)を結ぶ道(外苑東通り)もしっかり描かれている。

そして松平大膳太夫とあるのが長州藩毛利家。今の東京ミッドタウンだ。毛利政次郎とあるのが長門長府藩主毛利甲斐守のこと。今の六本木ヒルズである。

なんとなく見えてきたはず。 のちに六本木ヒルズとなるあたりには『フサ布ヒカ久クホ丁』とある。フは多分、アの間違い。アザブヒガクボ町。ヒガクボは日ヶ窪。ヒル(丘)どころか思い切り低地の地名である。

では今の地図を『スーパー地形』で見てみよう。地形がよくわかるように色をつけ、3本の主要道に白線を入れたりしてみた。

2世紀以上前の地図にあるものが今もこの街に存在する。

現代版。赤い丸が六本木交差点。赤い円が江戸絵図で『六本木』と書かれていたところ。外苑東通りが台地上を上手に通っているのがわかる。古道の特徴だ。『スーパー地形』より。

六本木交差点は江戸絵図に描かれた『六本木』のすぐ西。つまりそのあたりのが元々の『六本木』と言っていいのである。

1772年の地図と合わせると、当時の道筋がまだ部分的に残っているのでなんとなくわかる。

1772年の絵図で『六本木』と書かれた土地の西側に寺が4つ並んでいるが、その並びにある寺のどこかを六本木通りがぶちぬいて六本木交差点になったのだ。しかも幾つかの寺は現存している。六本木交差点はモダンな歓楽街でありながら一歩奥へ入ると江戸時代からの寺社が残ってたりする街でもあるのだ。

ここで注目したいのは、この外苑東通りのルート。

南北に迫る小さな谷をうまく避けて、台地の尾根を通り、今の国道1号と246号を結んでいるのだ(水色→緑→黄の順で標高が高くなっている)。国道1号も246号も江戸時代はおろか、中世から使われていた古街道であり、両者を繋ぐ尾根道も江戸時代以前からある古い道筋なのである。

今でも外苑東通りからちょっとずれると昔ながらの坂道がいくつか残っており、江戸時代に六本木と書かれていた場所から北側へ降る坂道には墓地もある。

軍隊の街になったのが今の六本木の始まり

左が明治時代の終わり頃、右が戦後の地図。歩兵営がそのままハーディバラックスになっている(この頃はまだ日本に返還されてない)。『東京時層地図 for iPad』より。

明治になると、六本木通りの前身となる道が通って六本木交差点ができ、松平大膳太夫の屋敷跡や龍土町に陸軍歩兵部隊の駐屯地ができて軍の街となった。広い土地を軍隊が使ったのがそもそもの始まりなのだ。

太平洋戦争が終わると、軍隊の土地はそのまま米国に接収され、ハーディー・バラックスと呼ばれる米軍の兵舎となった。

「幽霊が出る」と言われた街が今では「世界屈指の繁華街」!

ここから今の六本木が始まる。

今、六本木といえばこの『六本木交差点』。

戦後から高度成長期に至る東京の闇社会を描いた『東京アンダーワールド』(ロバートホワイティング著)によると、戦後すぐの「六本木交差点は、今でこそ世界屈指の繁華街だが、当時は派出所と、小さな書店が一軒と、広い空き地が二ヶ所あるばかり。夜ともなれば、裏道には人っ子一人見あたらず、「幽霊が出る」と住人が噂するほど閑散としていた」そうな。

六本木交差点からすぐの斜面にある墓地。墓地の奥にある坂道は『閻魔坂』と名がついている。

その界隈に『ニコラス』をはじめとする米国軍人目当ての飲食店ができ始め、赤坂から六本木界隈に在日米軍人と、GHQ関連の外国人と、彼らと繋がりを持とう、あるいは商売しようとする日本人と、さらに海外から入ってくる最先端の文化に触れたい若者たちが集まり、『六本木族』なんて言葉が生まれ、その流れでハードロックカフェの日本第一号店がここに選ばれたのだろう。

今でも、六本木交差点から飯倉片町方面へ少し進むと、当時の名残がちょっとだけ残っている。

外苑東通りに辛うじて残る昭和の名残。『ART&ANTIQUES DAISHINSHOKAI』や『文具・事務機 英文堂』などがある。2010年の撮影なので今でも残っているかは微妙だけど。

そして夜な夜な(いわゆる)業界人が集まる華やかだったり賑やかだったり怪しかったりする繁華街となったわけである。

21世紀になり、毛利甲斐守邸跡はテレビ朝日や六本木WAVEなど幅広い敷地をまとめて再開発され、2003年に六本木ヒルズとなった。

六本木ヒルズから見た米軍のヘリポート。その左手前にあるのが星条旗新聞社。右奥にあるのが国立新美術館。

毛利邸跡のハーディー・バラックは日本に返還されて自衛隊の駐屯地兼防衛庁となり、防衛庁が市ヶ谷へ移転したのち、2007年に東京ミッドタウンとして再開発された。

新龍土町のハーディー・バラックは日本に返還されて東大生産技術研究所を経て国立新美術館に(2007年)なったが、敷地の南端は今でも在日米軍の赤坂プレスセンターとしてヘリポートや星条旗新聞社などが残っている。

正直なところ、江戸時代の絵図に『六本木』って地名が出てくるとは思わなかったのである。なぜあの場所にわざわざ『六本木』と書いたのか気になるんだけれども、江戸時代からの地名と思ってあの界隈を歩くと、意外に歴史の痕跡が残っていてアウェイ感が減衰するのだ。

今回紹介した地図アプリは「スーパー地形」と「東京時層地図 for iPad」

「スーパー地形」

『カシミール3D』を開発したDAN杉本氏が手がけた地図アプリ。地形や各種地図を重ねて見られる他GPSログ機能もある。
「スーパー地形」
販売元:Tomohiko Sugimoto 取材時のバージョン:4.8.0
価格:無料(App内課金、機能制限解除980円)

■App Storeで「スーパー地形」をダウンロード
■Google Playで「スーパー地形」をダウンロード

「東京時層地図 for iPad」

明治から現代までの時間を軸に都市の変遷を知ることができるiPad専用アプリ。東京、川崎、横浜の、明治から平成の時間を切り換えられる。
「東京時層地図 for iPad」
販売元:Japan Map Center, Inc.
取材時のバージョン:1.2.1
価格:2580円

■App Storeで「東京時層地図 for iPad」をダウンロード
■Google Playで「東京時層地図」をダウンロード

(この記事は『flick! 2021年1月』に掲載された「荻窪 圭のマップアプリ放浪」を再編集したものです)

出典

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PROFILE

荻窪 圭

flick! / ライター

荻窪 圭

老舗のIT系ライター、デジカメライターなるも、趣味が高じて『古地図と地形図で楽しむ東京の神社』(光文社知恵の森文庫)など歴史散歩本執筆や新潮社の野外講座『東京古道散歩』講師なども手がける。 https://ogikubokei.blogspot.com/

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