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荻窪圭のマップアプリ放浪「昔の原宿は、今の駅がある場所とは違う場所だった」

若者の流行発信地も名前を見れば『宿』が。ということは?

普通、渋谷といえば『渋谷駅』を中心としたエリア、新宿といえば『新宿駅』を中心としたエリアを思い浮かべるはず。駅を中心に発達したエリアはどこもそんな感じだ。

でも原宿はちょっと違う。原宿と言われて思い浮かべるのは『原宿駅を中心とした東側のエリア』なのだ。駅を中心とした円ではなく、駅を中心とした東側の『半円』である。

じゃあ西側の半円はなにかというと『明治神宮』なのだ。原宿駅は西側の明治神宮と東側の若者の流行発信地として有名なエリア、つまり聖と俗を分断する結界の役割を果たしているのである。その駅舎を解体することで聖と俗を隔てるものがなくなり、やがて両者がぶつかり合って戦いが……ってそんな話はないけれども、大正時代に建てられた旧駅舎は両者を隔てるのにふさわしい木造建築だった。

また、元の部材を利用して新しく建てるという話だけれども。

新しい原宿駅舎。『原宿駅』の文字、読みにくくない?iPhone 11 Proの超広角カメラで撮影。

『原宿』という名前は地名としてあった?

さてその原宿であるけれども、実は『原宿』と言う地名は今はないのである。『地図マピオン』と言う地図アプリがアップデートして『境界線マップ』機能がついたのでそれで見てみよう。

地図アプリってランドマークやお店や道路など、そういう目的地へたどり着くための機能は充実してるけど、『地名』を知ったり「ここは何町なんだろう」とか、地図や地理を楽しむ機能がおろそかにされてる(というか、多分、あまり求められてない)ので、たまにこういう機能がつくと面白いのだ。

『地図マピオン』がフルリニューアルして『境界線マップ』を選べるようになった。画面はiPadのもの。
『地図マピオン』で『原宿駅』周辺の町名と境界線を表示。原宿駅の東はほぼ『神宮前』、西側は代々木公園を含めて丸ごと『代々木神園町』なのがよくわかる。

原宿と神宮はー体どういう関係?

2013年の原宿駅前。今はなき歩道橋の上からiPhone 5で撮影。駅舎の西は神宮の森、東は高級マンションやファッション街という対比が良かった。

原宿駅があるのは『神宮前1丁目』。『神宮』は言うまでもなく明治神宮のこと。原宿駅のすぐ近くにある東京メトロの駅は『明治神宮前』だ。むしろ『原宿』の方が不自然なくらい、この辺りは神宮前なのだ。

そうなった理由は多分簡単。原宿駅ができたのが明治39年のこと。明治神宮は明治天皇を祀る神宮だから、建てられたのは大正時代(大正9年)。もし駅開設の方が後だったら『神宮前』駅になってたに違いないと思う。

では原宿駅ができた明治時代の地名はどうだったのか。

かろうじて『原宿』だった『原宿駅周辺』

実は、渋谷区立図書館のサイトに『渋谷区関係地図の部屋』があり、その中に明治22年から昭和初期の『渋谷区域字名・字界地図』がPDFファイルで用意されているのだ。現代地図の上に昔の地名と境界を記したとっても分かりやすい地図である。

『明治22年~昭和初期 渋谷区域字名・字界地図』(渋谷区立図書館)より原宿駅付近。駅名だけ追記しておいた。当時の細かい地名が分かって良い。

こういった資料は素晴らしい。この当時の地名ってその土地の歴史や特徴や地形を素直に表してる上に境界もはっきり描かれているから、今住んでる場所がどんな土地だったのか見るのに良い。『神宮前何丁目』なんて『明治神宮の前一帯』ってことしか分からないからね。こういうの、他の自治体もやってほしいと思う。

これを見ると、今の原宿駅がある場所は『大字隠田字源氏山』。江戸時代には『隠田村』。読みは『おんでん』。もし『隠田』駅だったら……と思うと、今の賑やかっぷりとギャップがありすぎて面白い。

ちなみに『隠田神社』と言う神社がある。でも実は最初の原宿駅は隠田じゃなくて竹下通りの北側(この地図でも『竹ノ下』になってるから分かる)にあった。『千駄ヶ谷村大字原宿字石田』と『代々幡村大字代々木字外輪』の境界あたりだ。かろうじて『原宿』と言えないこともない。駅をつくる時、この辺りで一番名が通っていて良さげな地名を持ってきたのだろう。

よく見ると、渋谷川(今のキャットストリート)流域には石田、前田、隠田と地名に『田』がついている。水田を作れる低地だったのだ。で、その東に『北原宿』『南原宿』と言う字名がある。もともとの原宿はこの辺り。むしろ『裏原宿』に近い場所である。

原宿はもともと『鎌倉街道の宿』だった

ではそこにある『原宿』とはなんだったのか。大体『宿』とついた古い地名は街道の宿だったところが多い。原宿の場合は鎌倉街道。中世の頃、全国各地と鎌倉を結んだ街道の一つが通っていたのだ。

国立国会図書館デジタルコレクションに収録されている『新編武蔵風土記稿』(江戸時代後期に書かれた地誌。複数の版がデジタル化されているが、『大日本地誌大系』収録版がおすすめ)に原宿は鎌倉より奥州への往還に宿駅を置いた場所だからその名があると書かれている。なんとここに東北へつながる街道があったのだ。

さらに、龍岩寺の言い伝えに『源義家奥州下向の時、渋谷城に滞留し当所にて軍勢着到せしゆえ、今に門前の小坂を勢揃坂と唱える』とある。源義家が奥州でのトラブルを解決すべく軍勢を引き連れて向かったのは平安時代後期なのでかなり前だ。渋谷城は今の金王八幡宮。渋谷から原宿へ抜けていたのである。

勢揃坂の上から(電線の向こうに)新国立競技場が見える。富士フイルムX-T2で撮影。

勢揃坂はどこか。外苑西通りの原宿幼稚園前交差点から北へ向かう道をしばらく歩くと小さな下り坂があるのだが、そこが勢揃坂で、坂沿いに『龍厳寺』(龍岩寺)がある。今の神宮前2丁目、明治期の地名だと、北原宿と竹の下の境界となっている道だ。

今、その勢揃坂を下ると目の前に巨大な建造物がドカンと現れる。国立競技場である。源義家が軍勢を率いて下った先に国立競技場があるって、なんか時代を超えてワクワクしません?いや、しなくてもいいけど、眺めとしてはなかなかだ。

さて、原宿が鎌倉街道の宿駅であることは分かった。残るはその『原宿』自体はどこだったか。

青山通りと渋谷川の間が元の『原宿』だ!

そこで例によって国立国会図書館デジタルコレクションから古い江戸絵図を探ってみると、1645年(正保元年)の絵図がいきなりヒットしたのである。

ちゃんと『原宿』って書いてある。

1645年(正保元年)の江戸絵図(写し)より。しっかり『原宿』と描いてある。

そこは今のどこにあたるか、というと、さすがに地図が古すぎて特定しづらいが、青山通りと渋谷川に挟まれた妙円寺エリアで、明治期の北原宿と南原宿の境界あたりだ。

妙円寺にある『原宿発祥の地』碑。調べてみると確かにこの辺りに原宿があったようだ。iPhone 5sで撮影。

北原宿と南原宿の境界にあたる道路を少し渋谷川方面へ歩くと、妙円寺という日蓮宗のお寺がある。1627年創建で1706年に現地に移転した。そこの境内に『原宿発祥の地』の碑がある。昭和40年に原宿という町名が無くなるのを惜しんで建てられたものでここが原宿の起源というわけではないそうだが、鎌倉街道に近く江戸時代前期の江戸絵図にある『原宿』に近いので、もともとの原宿に近いと思って良さそうだ。

もともとの原宿へ原宿駅から行くなら、竹下通りを抜け、明治通りを渡って原宿通りに入り、それを北上、突き当たったら右折して道なりに歩くのがいい。道沿いに妙円寺が現れ、さらに進んで突き当たると鎌倉街道だ。

実は原宿通りから妙円寺へ通じる道は江戸時代の地図にも描かれてる古い道で程よくくねりつつ、古い商店や古商店を改装したファッション系のお店も点在してて良い感じなのである。

と、iPadのアプリやネット上で入手できる可能な限り古い情報や地図で原宿の歴史を追ってみた。ちょっと遡りすぎちゃって、冒頭を読んで『今の原宿エリア』の話を期待した人には申し訳ないけど、そこは許してください。

今回の全貌。アプリ『スーパー地形』の地図に文中に出てきたポイントを描いてみた。緑は渋谷川やその支流が作った低地。黄色が台地。茶色い線がおすすめ散歩ルート。

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PROFILE

荻窪圭 

flick! / ライター

荻窪圭 

老舗のIT系ライター、デジカメライターなるも、趣味が高じて『古地図と地形図で楽しむ東京の神社』(光文社知恵の森文庫)など歴史散歩本執筆や新潮社の野外講座『東京古道散歩』講師なども手がける。 https://ogikubokei.blogspot.com/

荻窪圭 の記事一覧

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