筆とまなざし#184「諏訪生まれの考古学者、藤森栄一。‟かもしかみち”をたどって」
成瀬洋平
- 2020年07月15日
諏訪市博物館を訪れて。藤森栄一の‟かもしかみち”の迷宮へ。
雨に降られた小川山からの帰り道、かねてから行きたいと思っていた諏訪市博物館を訪れました。八ヶ岳山麓には縄文遺跡が多く、また諏訪といえば諏訪大社の御柱祭ということで、縄文土器や御柱祭にまつわるものが展示されています。そしてこの博物館を訪れたかったいちばんの理由は、諏訪出身の考古学者、藤森栄一の記念コーナーがあるからでした。
明治44年に諏訪市で生まれた藤森栄一。在野の考古学者として知られ、映画『となりのトトロ』のお父さんのモデルとなったといわれています。数ある著書のなかで、ぼくは『古道』と『かもしかみち』しか読んでいません。けれど、学生時代に読んだその著書から、ただひたすらに考古学への情熱を燃やしながら各地を歩いて旅した姿に大きな感銘を受け、それはどこか民俗学者の宮本常一と重なるように思えました。そしてふたりは、ぼくが物書きになる上での大きな道標となったのです。ちなみに「かもしかみち」とはいわゆる獣道のこと。藤森栄一はその道を追って往来していた古代人の姿を「かもしかみち」をたどることで解き明かそうとしました。手元にある古い本の帯には印象的な一文が書かれています。
「深山の奥には今も野獣たちの歩む人知れぬ路がある。ただひたすらに高きへ高きへとそれは人々の知らぬけわしい路である。私の考古学の仕事はちょうどそうしたかもしかみちにも似ている。」
博物館には平成30年に「すわ大昔情報センター」という一室ができたそうで、そこには藤森の書棚にあった本が閲覧できるようになっていました。本人がページをめくった本を自分が同じように手にすることができるとは、感慨深い体験でした。センター職員の方の話では、藤森は旧制諏訪中学校で新田次郎の一つ先輩にあたり、お互いの著書を送りあう仲だったそうです。また、藤森は子どものころから登山が好きで『かもしかみち』には山でのエピソードも描かれています。とくに、冒頭に書かれた南アルプス鋸岳での怪談は非常におもしろく、読む者はそこから猟師や木樵の道、そして「かもしかみち」の迷宮へと誘われていきます。センターには藤森が使っていた登山ガイドブックもありました。白馬岳のものに付属された地図には歩いたルートが赤鉛筆で記され、「白馬山頂」のスタンプがいたるところに押されていたりしました。
藤森栄一の本を読んでからしばらく時間が経ちました。また少しずつ、先人の足跡をたどっていきたいと思います。
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