筆とまなざし#263「『Arts and Climbs』な旅に沖縄へ。〜その4・最北端、辺戸岬へ~」
成瀬洋平
- 2022年02月09日
リボルト作業をするAさん一家との出会い。
沖縄本島最北端の辺戸岬は、木々も生えていない荒涼とした場所でした。キャンプした白い砂浜とエメラルドグリーンの海とは打って変わって、険しい断崖が海まで続き、紺碧の海が荒々しく岩礁に打ち付けては白い波飛沫となっていました。南の島といえども、最北端という場所はどこかもの寂しく寒々しいものだと感じました。
辺戸岬から少し下った駐車場に車を停めて砂浜に出ると、浜の端っこにすっきりとした石灰岩が見えました。砂の色が違うと思って灰色の石を掬い上げると、拍子抜けするほど軽い。昨今話題になっている軽石が大量に打ち寄せられ、波打ち際をびっしりと埋め尽くしていたのでした。砂に足を取られながら歩くこと5分ほど。辺戸岬の岩場に到着しました。
まずは簡単なルートでウォーミングアップ。岩はとてもしっかりしていて、どのルートも非常にクオリティーが高い。数本のルートを登ったところで、オレンジ色のヘルメットを被った男の子が現れました。続いてご両親らしきおふたり、手にはハンマードリルを持っています。海沿いの岩場は塩の影響をもろに受け、ステンレスのハンガーボルトでさえ年月が経つと腐食してしまいます。昨年、ハンガーが破断する事故が発生。少しずつチタンのケミカルボルトに打ち替えているということでした。ご自宅は那覇にあり、片道2時間以上かけてリボルト作業のためにやって来ている。大切な休日を作業に当てるのは並大抵のことではないはずです。
「辺戸岬には通い慣れてますし、気持ちのいい場所ですからね。それほど大変ではありませんよ。わからないことがあったら聞いてくださいね」
朗らかな笑顔でそう言う男性はAさんといい、奥さんといっしょにリボルト作業を始めました。
人懐っこく喋りかけてくる男の子の名前は「たけちゃん」。本名は岳仁。「山岳の岳なんですね」と言うと「親の趣味丸出しの名前ですね」とAさんは笑いました。目の前にいるのはチェストハーネスをした小学2年生の小さな男の子なのに、なんとも聡明なのには驚きました。大人と喋っているような不思議な感覚。沖縄の食べ物や名所のことなど、沖縄に関する多くの情報はたけちゃんから教えてもらいました。
「ねえ、チャンバラごっこしよ!」
そう言っていたずらっぽく笑うところは子どもらしい。ぼくと妻はクライミングをしては岳ちゃんとおしゃべりをし、チャンバラをしてすごしました。
「転勤族だからホーム(クライミング)エリアがないんです。でも、こうして訪れた土地土地の岩場に関わることができるのは楽しいです」
Aさんはそう言いました。沖縄に引っ越したのは数年前のこと。各地を転々とされているから、人との間に壁を作ることなく、かといって押し付けがましくない、心地よい距離感を自然と作ることができるのでしょうか。岐阜からやってきたぼくらを暖かく受け入れてくれ、いろいろなことを教えてくれたAさんご一家。このご家族とすごした辺戸岬での時間は、沖縄の旅のなかでもとりわけ忘れえぬ思い出となりました。
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