イタリア・オルコ渓谷を代表するクラックのクラシックルートをオンサイトしたい!|筆とまなざし#299
成瀬洋平
- 2022年10月19日
岩の造形、刻まれたクラックをいかに巧みに使って登るのか。この土地の人々の営みを垣間見た気がしたオルコ渓谷の風景。
先週はクライムオンのことについて書きましたが、今週からは再びイタリアクライミングトリップの続編です。
オルコ渓谷では古くからクライミングが行なわれてきましたが、盛んに登られはじめたのは1970年代に入ってから。キャンプ場にほど近い、現在はボルダーとしても登られている美しいハンドクラック「FESSURA KOSTERLITZ」(6b)の初登は1970年。オルコ渓谷で初めて「ハンドジャム」を使って登られたのだといわれています。1980年代に入ると多くのラインがフリークライミングで登られるようになるのですが、意外にも、現在のオルコを代表するクラックは2000年以降に登られたものも多くあります。
ルートのトポは2冊あり、ひとつがコンプリート版とでもいうべき「Valle dell’Orco」。もうひとつが「ORCO 100 SELECTED CRACK CLIMBS」という小型のもので、2020年に出版されました。魅力的な写真が掲載されたそのトポを見ると、ワイドボーイズのふたり、すなわちトム・ランドールとピート・ウィタカーが初登したルートが何本もあることにおどろきました。1990年代というスポートクライミング全盛期、しかもその中心地であるヨーロッパにおいて、傾斜が強くグレードの高いクラックが登られるようになるにはミレニアムを待たなければならなかったのでしょう。
セレクト版の表紙は「SITTING BULL」(7a)という稲妻のような形をした印象的なクラックです。このクラックのフリー初登は1982年と古く、この地を代表するクラシックルートの一本です。これはぜひともオンサイトしたい。登りに出かけた日はとても暑く、日が陰るのを待ってトライ。オブザベーションどおりハング部分のフィンガークラックが核心で、そのワンポイントをこなすとオンサイトすることができました。妻も目標ルートを登ることができ気分も上々。少し早めに岩場をあとにしました。
その日はすばらしく晴れ渡った1日でした。駐車場に向かって気持ちの良い草原を下っていくと、西陽を浴びた小屋が見えました。かすかに秋の気配を感じさせる光と晩夏の緑とのコントラストが印象的で、逆光に揺らめくその風景はどこか懐かしさを感じさせました。この小屋、近づいてよく見ると、真ん中にボルダーが食い込んでいるのでおどろきました。否、岩が小屋に食い込んでいるのではなく、岩を巧みに利用して小屋が作られているのでした。遊び心なのか致し方なかったのかはわかりませんが、岩を粉砕して退かすのではなく、巧みに利用するこの土地の人々の営みを垣間見た気がしました。
それはきっとクライミングも同じなのでしょう。岩の造形、刻まれたクラックをいかに巧みに使って登るのか。それは自然と人間との境界、接点、そして折り合いの付け方なのだと思います。
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