南紀、楯ケ崎。「釣り師のテラスのルーフクラック」への旅へ~後編~|筆とまなざし#311
成瀬洋平
- 2023年01月11日
ルーフクラックと戯れ、絵を描く、たまらなく気持ちいい時間。何日間も飽きずにすごした釣り師のテラス。
釣り師のテラスのルーフクラックをトライ中、気になったラインがあった。それは釣り師のスタートより左奥から登り始めて中間部で釣り師に合流するもの。難しそうな前半部をこなしてから釣り師の核心に突入するため、釣り師よりずっと難しそうだった。山野井さんの2018年4月のブログには「翌日は以前登った『釣り師ルーフクラック』に行った。左奥からスタートするバリエーションが最近登られたと聞いたからだ」と記載があるが、検索してもほかに情報は見当たらなかった。
出だしがとくに難しそうで、クラックはあるもののあまり使えそうにない。けれども奇跡的とも思えるポケットが開いていた。このラインがどうしても気になり、釣り師を完登後、ほかの人気課題に触れることなくトライを開始した。
やはり出だしのパートができない。強烈なボディテンションが必要で、足が切れるとどうしても落ちてしまう。ポケットをどのように使ったらいいか模索する。その後のクラックも曲者で非常にパワフル。手の向きや位置を変えながらジャミングを岩に合わせていく。なんとかハンドジャムがよく決まる場所までたどり着き、ようやく釣り師の核心へ。これはなかなか道が長い。けれども、クラックセクションは足を先行させて登る非常におもしろいムーブで、岩と自分との接点に立ち現れたまさに身体芸術である。持久力が必要なのも良いトレーニングになる。なにより、熊野の海を眺めながらひとりでルーフクラックと戯れ、絵を描く時間がたまらなく気持ちいい。側から見たらただの岩棚だが、何日間も飽きずにこの場所ですごせるのは幸せなことだなと思った。
翌日、午前中に原稿を仕上げてから釣り師のテラスへ。出だしを練習していると、不意にムーブが繋がった。できた! けれどどうしてできたのかわからない。3日目になり腕はもちろん、体幹までずいぶん疲労が溜まっている。それでも、ムーブが解決した瞬間にこのラインは登れると確信することができた。
翌日が最終日だった。いつもより早めに出かけてスタート箇所を練習する。何度か試すと重要なコツがわかった。少し休んでスタートからトライ。最初の核心を突破。苦しいルーフクラックを進んでレストポイントへ。チョークアップして腕をシェイク、釣り師の核心に突っ込む。けれどももう身体が終わっていた。甘いハンドへ距離が出せず、失速して落ちた。スタートがいちばんの核心だと思っていたけれど、繋げてくると釣り師の核心が核心になった。これはおもしろい!
太陽が傾き、岬の西面に位置する釣り師のテラスにも日が差し込み始めた。日差しに海面が輝き、魚が飛び跳ねた。とりあえず出せるものは出し切った。再訪を決め、大切な時間をすごした釣り師のテラスをあとにした。
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