この冬よく通った瑞浪の岩場|筆とまなざし#318
成瀬洋平
- 2023年03月01日
みんなが愛情をもって守っていくローカルエリア、育まれるクライミングコミュニティ
登り疲れた体と腫れぼったい指先。血が滲んだボロボロのテーピングを剥がしながら夕暮れ迫る空を見る。ヘッドライトをつけて車へと小道をたどる。目標ルートが登れても登れなくても、ぼくはその時間が好きだ。
「今シーズンの瑞浪はこれにて終了」
そう思って見上げた宵の空には上弦の月が昇っていた。
この冬は瑞浪の岩場によく通った。自宅から30分強で行ける、笠置山と同じくらい身近な岩場だ。標高が低くて日当たりがいい。瑞浪は冬でも登れる貴重な花崗岩の岩場である。岩自体は小さく、ハイボルダーともいえる岩が明るい里山に点在している。短いながらも個性的なクラックやスラブが多く「みじかしい」の典型。一様に「瑞浪のグレードは辛い」といわれるが5.9なのに被っているクラックもあったりして、初めて訪れるクライマーはまずその洗礼を受けることになる。
これほど瑞浪に通ったのは、クラックを始めたころ以来かなと思う。個性的、というかクセの強いクラックはグレード以上に手強く、当時は毎週通っては一本ずつ登っていったものだった。今シーズンは講習で訪れることも多かったし、プライベートでも通って2本の新しいルートを初登し、これまで登れなかったルートも登ることができた。そしていい合わせたわけでなくても行けばだれかしら友人知人と会える。「今日はだれがいるかな?」と思いながら岩場へ向かうことも楽しみだった。みんな、瑞浪の岩場が大好きなのである。
最近クライミングのローカルコミュニティのことを考えることが多くなった。だれがその岩場を守っていくのか。笠置山には地元クライミング団体がある。けれども瑞浪にはそのようなローカル組織はなく、名古屋のIさんが中心となって地元の方々との調整をしてくれている。明確な組織はないけれど、この岩場に通うクライマーひとり一人がローカルクライマーとしての意識を持っているように感じられる。みんなが自分の岩場として、これからも登っていける環境を維持しようとしている。だからこそ、年に一度の地元の方々との合同清掃活動には東海地方はもちろん関西、関東からも50名以上のクライマーが集まるのだ。それは、登攀禁止にもなりかねない、この岩場が置かれている社会的環境によるところも大きいだろうし、訪れるクライマーの資質によるところもあるのかも知れない。だれにいわれるわけでもなく岩場への愛情が生まれ、コミュニティが生まれ、クライマーが育まれる。それを取り巻くのは、明るく開放的なあの岩場の雰囲気そのものである。
暖かくなり、ほかの岩場も登れるようになってきた。みんな散り散りになり、それぞれの岩や山に出かけるようになる。けれど秋のシーズンになったら、きっとまた瑞浪の岩場に集まってくるのだろう。
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