いつもの廻り目平キャンプ場。初めて感興を奪われた「ボットン式トイレ」|筆とまなざし#334
成瀬洋平
- 2023年07月05日
感興を掻き立てられる風景に出合うのは、ふとした瞬間。
廻り目平キャンプ場は、初めて訪れた高校生のころとほとんど変わっていない。白樺は大きくなっているだろうけれど、駐車場も流しの傾きかけた洗い場もトイレやシャワー室も25年近く前と同じまま。もちろん、岩もまた然り。
区域内の空いているスペースならどこでもテントを張ってもよく、直火での焚き火もOK。明るい白樺の林のなかでキャンプするのが好きで、クライミングに来るときはいつもこのキャンプ場を利用している。春から初夏にかけての、よく晴れた日の朝などはとても爽やかで、朝日に照らされた屋根岩を眺めながらゆっくりとコーヒーを飲むのは格別な時間だ。そうこうしていると駐車場にはクライマーが次々とやってきて、知り合いに会うことも度々である。
先日、甲信地方が梅雨入りするかしないかのときのこと。いつものように木立の間に張ったテントで目覚め、ジッパーを開けて外を見ると、目の前に広がる風景に感興を奪われた。それはキャンプ場のうしろにそびえるお殿様岩でも屋根岩でもなく、すぐ近くにあるトイレだった。
キャンプ場にはトイレが3つある。うちふたつは水洗で、一番上にある小さなトイレはいまもボットン式である。心を奪われたのは、そのボットントイレだった。外壁は年季の入った焦茶色の板張りである。そのトイレが清々しい朝日を浴び、鮮やかな緑の中に佇んでいる。光は魔法のようにその光景を映し出し、まるで異国の山小屋のように見えたのだった。トイレを描きたいと思ったのは初めてのことだったが、手元にスケッチブックはなく、資料として写真を撮っておき、コーヒーを飲みながらしばし見惚れた。
感興を掻き立てられる風景に出合うのは、ふとした瞬間である。普段は何気なく眺めている風景でも、あるとき「あっ!」と目を見張るときがある。それは光の加減だったり、色彩の変化だったりするのだけれど、一番大きなのは自分自身なのだろう。その風景を感興を持ってキャッチできるかどうかは、自分の心の鋭敏さによる。
歳とともにどんどん鈍化していく心の感覚。小川山のトイレの絵を描きたいと思えたことが、少しうれしく感じた朝だった。
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