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小川山へと向かう夕刻、思わず息を呑むような風景と出合う|筆とまなざし#337

歩くことは考えること。たまには衣食住をバックパックに詰め込んで歩きの旅に出かけよう。

長野県のクライミングジムに立ち寄り、そこから下道を駆って講習会の仕事のために小川山へ向かった。温泉で汗を流し、腹ごしらえをして、明日からのキャンプ生活の食糧を買い出しすると、いつの間にか19時をすぎていた。さすが日照時間日本一の北杜市である。空は広く、まだまだ明るい。今日は廻り目平キャンプ場へ向かうだけ。ちょっとした気ままなひとり旅である。懐かしい音楽をiPhoneで流しながら畑の間を縫うような道を走っていると、思わず息を呑むような風景が目の前に広がった。

広い大地の上空に複雑な色彩を帯びた雲が一面に広がっている。八ヶ岳はその厚い雲に覆われて山麓がわずかに見えるばかりなのだけれど、雲間から夕日に淡く染められた空がポッカリと顔を出していてそこだけ明るい。夏、とくに梅雨明け間近のころ、ときどきこんな空と出合うことがある。真っ青な空よりもドラマティックで、描きたいと思わせられる風景である。思わず脇道に外れて農道の途中で車を停めた。車を降りて空を仰ぐ。覆いかぶさるような重厚感。黄金色に染められた雲の儚さ。すぐにスケッチすることは叶わなかったけれど、資料にと数枚の写真を撮ってしばらく眺めた。

こんな風景を前にしてひとり佇んでいると、さまざまな思いが言葉となって脳裏に浮かんでくる。日々の生活のこと、家族のこと、仕事のこと、そして自分のこと。思索に耽る時間から湧き立つ言葉や思い、そして絵心。かつてよくひとりで山旅に出かけていたころはこんな時間に溢れていたな、と思う。いつの間にか忘れてしまっていたその感覚。けれどそれは若いころの特権ではなく、きっといくつになっても大切な時間なのだろう。

歩くことは考えること。自然のなかをひとりで歩くことは、時空間的な旅であると同時に自分の内面へと向かう旅でもあると思う。最近はクライミングばかりの生活だけれど、たまには衣食住をバックパックに詰め込んで歩きの旅に出かけよう。きっとそこに、自分にとって大切ななにかがあるような気がする。思いがけず出会った風景は、描きたいという感興とともに、ふと、そんなことを思い起こさせてくれた。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

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