自分の限界を追い続けて 小川恵佑【La PROTAGONISTA】

スピードコースからハードなロードレースまで安定した成績を残す
サラリーマンライダー小川恵佑選手。
今年3年めの挑戦となるJプロツアーで、さらなる飛躍を目指す彼に
プロタゴニスタはフォーカスした。

■■■ PERSONAL DATA ■■■
生年月日/1987年10月24日生まれ 身長・体重/167cm 62kg
尊敬する選手/岩島啓太 趣味/旅行、スノーボード 座右の銘/一生百練

なるしまフレンドレーシング 小川恵佑

HISTORY
2016-現在 なるしまフレンドレーシング

群馬大会で見せた渾身の力走

2018年4月に開催されたJプロツアー東日本ロードクラシック。レースはアップダウン、そして高速で集団が伸びる展開が見物の、日本屈指のテクニカルなサーキットコース、群馬CSCを走る132kmで争われた。
前半戦はトップチームのアシストたちのエスケープ合戦が繰り返される。しかし、エスケープが吸収されるとレースは振り出しに戻った。この展開にしびれを切らした宇都宮ブリッツェン増田成幸、キナン山本元喜らが強引にリードを奪いに出る。この動きにプロトンは混乱した。「本命が動いた!誰が前に出る!?」その瞬間、マトリックスの土井雪広、佐野淳哉らが捨て身のアシストで追走に出た。苦痛に歪む選手たちの表情、猛烈に引き延ばされたプロトンは大きく崩れる。力を失った選手たちはこの動きで次々と脱落、選ばれし者が残るサディスティックな展開に、ファンは固唾をのんで見守った。
プロトンをバラバラにしたメンバー数名が先頭に追いつき今日のレースはいよいよクライマックスを迎えた。この試合はランキングに大きく影響するAAAA(クワトロAランク)のレース。ゴールラインを踏むまで一人でも抜いていかなければいけない!
トップグループがゴールしてから数分後、レースのライン上に生き残った選手たちのポイント争いが始まった。すでに半分の選手がバイクを降りているが、残った選手たちによる、Jプロツアー残留を賭けた得点争い。さらに「トップを取りたい!」といったさまざまな思惑が交錯するもうひとつのレースが展開された。
そして、群馬CSCの最終コーナー。50mほどプロトンを引き離し猛進してくる選手が目に飛び込んできた。なるしまフレンドレーシングチームの小川恵佑だ。ランキング15位、チームの残留を一身に背負った渾身の走りにファンの目は奪われた。「今の僕ができる限界の走り、僕の目指せる最高順位」マトリックスのアイラン・フェルナンデス選手の優勝から4分19秒後、11番めにゴールを切った小川の走りにドラマを見た。この小川が今回のプロタゴニスタだ。

「やると決めたら徹底する」ケガからの劇的な復活

「生き残ったプロトンのなかで、ゴールに向け選手たちが動き始めた瞬間、スプリンターの大久保陣選手がスルスルっと前へ動いたんです。『このラインだ』と直感しました。ラスト300m、まだゴールが見えないカーブで集団がスプリントに備える一瞬のスキ、『僕がいってもマークされない』。Jプロツアー2年めの僕に訪れた最大のチャンスでした!身体は瞬間的に動き、近づいてくるゴールを引き寄せるかのようにペダルを踏み倒しました」
132kmを3時間20分で走り、強烈なスピードに耐えてきた末に訪れた好機。すべての順位を決定づけるゴールスプリントの30秒間に、小川の挑んだレースのすべては集約された。プロトンの先頭でゴールを抜けたとき、さまざまな記憶が頭を廻った。
2017年7月、那須ロードでの大落車に巻き込まれ、頸椎を重症捻挫。頸椎損傷の一歩手前で、首まわりの神経の感覚を失いシーズンを棒に振った。それでも「ケガが治ったらやってやるんだ!」と家族に復帰する決意を伝え、回復の兆しがみえてからは再びロードレーサーに跨がった。
建築施行管理の仕事をしながら月に1600kmを超えるトレーニングをこなす。仕事の前後、休日は自転車の予定を組み入れ徹底してレースを狙った。「頑固なんです。やると決めたら譲らない。そんな性格を知ってか無謀とも思える僕の再スタートを家族は何も言わずに応援してくれました。もう手を抜くことなんてできない。全力でトレーニングに打ち込みました」
レースに本格復帰を果たした2018年前半は神宮クリテリウム優勝、もてぎエンデューロ優勝とレースでの順調な調整に調子のよさをつかみ始めていた。「一昨年のケガをする前の東日本ロードクラシックは、Jプロツアー1年めの洗礼を見事に受けながらも、ギリギリ24位で完走した。2年めは自分の走りでレースの順位を変えていきたい。レースレーティングも高いこのコースをターゲットに計画を組み立て、トレーニングを続けてきました」

ハイクラスの東日本ロードクラシックでゴールに飛び込み、11位に食い込んだ小川選手

青年時代に没頭したピアノが持ち前の集中力に

小川が努力をコツコツと重ねるチカラ。これはスポーツだけで身につけた能力ではなかった。「僕は3歳から18年間ピアノに打ち込んできました。音楽が奏でられたら……という母の夢で始めた習い事でした。一人っ子だった僕になにか自信がつくものを!という思いもあり、1日30分は絶対に弾かなくてはいけない家庭の決まりでした。手も小さく、うまく弾けやしない……。課せられたことを続けるのが辛くてしかたなかった小学生時代。『中学になったら辞めてもいい』という言葉を信じて続けていくうちに、中学になると『続けたら好きになるのかも』とみずから指を止めることはありませんでした。ショパン、ベートーベン、ブラームス……。コンクールで奏でる自分のピアノの完成度を高めるために自分の演奏を録音し、主観的な表現をテープで起こして聴くことで分析し精度を高めました」
ピアノは1日でも努力を怠ると自分の指が別人のように動かなくなる。気づけば30分で音を上げ続けていたピアノに一日中没頭するようになっていった。こうして彼の奥底にある集中力と負けず嫌いな性分は導きだされていった。「自分を限界まで追い込んで奏でた曲の達成感。コンクールを重ねる度に成長していくことに喜びを感じるようになりました。これは僕の人生、そしてロードレースも同じ。どれだけ自転車にまたがったか……。自分を分析して研ぎすましてペダルを踏んできた努力は必ずつながると信じてきました」

社会人になっても追い続ける「達成感」

社会人になり、24歳で出会ったロードバイク。
ヒルクライム大会出場をきっかけに、なるしまフレンドを知り、岩島啓太選手(現ミブロ代表)という師にも巡り会った。「JプロツアーやTOJなどで活躍した岩島さんに憧れ、それまでアタックしてチカラでねじ伏せることしか知らなかった僕が、よりレベルの高いレースに臨む上で必要な身体の仕上げ方、レースの走り方を教えていただきました」
30代を迎えてからのJプロツアーへの挑戦。そこには彼なりのフィロソフィーがあった。「向上心。僕が人生を歩んでいくなかで、失っては歩んでいけない言葉です。これまでは社会人になり仕事に全力で臨むことが20代の生き甲斐でした。30代になり経験値を積んだことで時間的には少し余裕ができた。そんなときに全力で打ち込める自転車は僕の生きがいなんです。僕の人生観において『達成感』は生きている証。どこまで行けるかわからなくとも、日本の最高峰の舞台であるJプロツアーの高みを目指してペダルを踏んでいくのが僕の生き方です」
来るシーズンに向け仕上がりつつある身体、振り返る精悍な表情に彼の心の強さがみなぎっていた。

REPORTER
管洋介

アジア、アフリカ、スペインと多くのレースを渡り歩き、近年ではアクアタマ、群馬グリフィンなどのチーム結成にも参画、現在アヴェントゥーラサイクリングの選手兼監督を務める

AVENTURA Cycling

(出典:『BiCYCLE CLUB 2019年4月号』)
「ラ・プロタゴニスタ」の記事はコチラから。

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