自転車レース再開でヨーロッパで相次ぐ事故! 安全性確保を迫る選手&チーム
山崎健一
- 2020年08月18日
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先日のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでは総合首位のプリモッシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィズマ)が第4ステージで落車により、最終日はリーダージャージを着たまま未出走、さらにイル・ロンバルディアでは若手のホープ、レムコ・イヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)がコーナーで曲がり切れず、橋から落下する衝撃的な事故が起きた。レースシーンで続く、事故についての背景をUCI(国際自転車連合)公認代理人の山崎健一さんが解説する。
レース再開してから予想を上回る落車、事故の多さ
クリテリウム・ドゥ・ドーフィネで第4ステージでリーダージャージを着るプリモッシュ・ログリッチも落車によりリタイヤ PHOTO: A.S.O./ Alex Broadway
UCIワールドツアーシーズンが8月1日に再開されてからはや半月。
レーススケジュールの濃密さ、選手の焦り、コンディションのばらつき等から落車が乱発する危険性が懸念されていましたが、予想を更に上回る落車件数にチーム・選手たちからも抗議の声が上がり始めています。
8月29日開幕のツール・ド・フランス前哨戦である『クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ(8月12~16日)』最終日16日の第5ステージ。選手たちは“この半月の間に起こった数々の大落車は、レース主催者たちによるコースの安全性確保不足が一因である!”として、レーススタート直後にいきなり設定されたダウンヒルにおいて、レースを行わずに“ニュートラル走行”を敢行し、抗議の意思を表明。
クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ最終ステージ PHOTO: A.S.O./ Alex Broadway
CPA(プロサイクリスト協会)はこの抗議を“更なる大抗議“への皮切りと位置づけて、世界中の選手&チームたちへの一致団結を呼びかけています。
もちろんシーズン再開後の落車は、選手たち自身に起因するものも多くありましたが、残念ながら落車を誘引するコースレイアウトが原因のものも数々見受けられました。
ドーフィネ&ロンバルディアでの落車が業界に与えたインパクトは甚大
PHOTO:A.S.O./ Alex Broadway
例えば『ツール・ド・ポローニュ:第1ステージ(8月5日)』のゴール前落車は、ゴールスプリントが下りだった点が問題になった。
https://funq.jp/bicycle-club/article/617629/
お次の『クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ:第4ステージ(8月15日)』では、プラン・ボワ峠(28㎞地点、1つ目の第1カテゴリー峠)からの下りで2019年ツール・ド・フランス総合3位のステフェン・クライスヴァイク(オランダ/ユンボヴィズマ)が複数選手と共に落車リタイア。原因はコースが曲がりくねった上、凸凹かつ砂利が掃除されていない路面、勾配15%もの下りにあったとされています。クライスヴァイクのチームメイトであるトム・デュムランは「あんな危険な箇所がレースに組み込まれているなんて、不誠実にも程がある」と怒り心頭。
ドーフィネ第4ステージプロファイル
極めつけは『イル・ロンバルディア(8月15日)』での惨事。
今最も注目されている若手選手の一人であるベルギー人レムコ・イヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)が、坂を下り切った地点のコーナーで曲がり切れずに、橋から落ちて大けが。最悪の事態は免れましたが、骨盤骨折などで今シーズン内での活躍は絶望的に。
TuttoBici FBにアップされたレムコ・イヴェネプール落車シーン動画
そして「イル・ロンバルディア」の最終局面では、コース沿道に住む一般のご婦人が、街に買い物に行くためにレース中のコースに車で侵入。ドイツチャンピオンのマクシミリアン・シャッハマン(ボーラ・ハンスグローエ)がその車に巻き込まれて鎖国を骨折・・・運転していたご婦人は警察の取り調べに対し「自転車レースが行われることなんて一切知らなかったわ」と発言。
このようにたった半月の間とは思えないほどの大ハプニングが乱発しています。
選手vs UCIの様相「第3者による安全管理を要求」
救護を受けるレムコ・イヴェネプール、骨盤骨折などのけがを負った。 Photo Credit: LaPresse
こんなことを言っては何ですが・・・
プロアマ問わず、欧州のロードレースにおいてこの手のトラブルは長年コンスタントに起こっており、特に今年からいきなり降って沸いた問題ではありません。例えば1995年の「ミラノ・トリノ」では、警察がミスでコース上に車を入れてしまい、かのマルコ・パンターニが脚を骨折し、翌1996シーズンを丸々棒に振りました。
レムコ・イヴェネプールが落車した地点も、例年コースに取り入れられている箇所で有り、危険個所として選手やチームにはある程度認知されていた箇所。
しかし、選手たちが例年よりもどん欲に成績を求める中での落車頻発、そして医療機関へ怪我人を送り込むことへの世論からの反発が強まる時期と言う事もあり、かつてないほどの抗議運動へと発展しそうな気配です。
更に新たな問題として、コロナ禍後に再開したレースを沿道で観戦する観客がマスクの着用をしていないケースが多く、選手からは“観客から選手へ感染するのでは?”との不安の声が上がっています。結果、CPA(プロサイクリスト協会がUCIやレース主催者に対し「選手の感染リスク低減のために、観客へのマスク着用呼びかけを徹底して欲しい」とリクエスト。
今回の一連の落車にて加害者&被害者となったチームユンボ・ヴィズマのマネージャーであるリシャルト・プラッハ氏は「UCIのレース&コース安全確保能力に対してもう期待はしていない。他のチームマネージャーとも話し合っているが、私たちの選手の安全性を確保するためには、UCI自身ではなく第三者(専門)企業によるコースの安全性チェック実施システムを導入してもらいたい。」とまで発言しています。
ロード選手は死をも受け入れなければならないローマ時代の剣闘士なのか?
Photo Credit: LaPresse
これまで当たり前と思われてきた“自転車ロードレース=危なくて当然”とされてきた? 伝統も、コロナ禍やその他要因の影響で問題点が浮き彫りに。
プロロードレースは良くも悪くも「落車」や「レース中のトラブル」が、実際に殺し合うローマ時代の剣闘士が如く、エンターテインメントの一部分として観客に消費されてきた部分もあります。
しかし、この伝統は実際に競技を行う選手やチームにとっては堪ったものではなく、現代風の“コンプライアンス“的に言ってみれば、レース競技界自体がブラックと言われかねない状態。
多くのロードレースファンはこの競技の荒唐無稽さや、それに臨む選手たちの儚さや勇気に魅力を感じてきたと思いますが、近代競技としての「大幅なアップデート」が求められて来ているのでは?と感じます。
今こそ伝統に引きずられてなかなか変えられなかった悪しき伝統を、一気に刷新するチャンスなのかもしれません。
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