薪ストーブのある暮らし|ユーコンで力こぶ
フィールドライフ 編集部
- 2019年11月18日
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カナダの北、ユーコン準州での生活から見えてくる季節折々の日常をご紹介。今号のテーマは「薪ストーブのある暮らし」
不便さもあれど、代え難い火の温もりと共に暮らす
私は、どちらかといえばマニュアル派だ。機械に弱い、ということもある。しかし、ユーコンに長く暮らし、いろいろと経験しているうちに、日々の暮らしに使うものはマニュアルがいちばんと思えるようになってきた。
私の暮らすホワイトホースは停電が多い。その理由としてたびたび上がるのが、リスの仕業である。
夏に停電しても、それほど暮らしに影響はないけれど、冬に長時間停電すると厄介である。そのいちばんは、やはり暖房だろう。
私がここに移住した20年前は、一般的な築50年ほどの家の暖房の主流は石油を使うオイルファーネスだった。しかし、石油の値段が上がり、また石油がクリーンなエネルギーではないという考え方が広まったこともあって、私の友人、知人の間では、家からファーネスを排除し、薪ストーブに加えて電気のベースボードヒーターに変える人が増えた。
ただ、このような家でもあくまでも暖房のメインは薪ストーブ。やはり、気温マイナス25度、30度(ときには40度)まで下がる真冬に停電したときのことを考えると、暖房の手段が電気のみというのは不安だ。
ただ、薪の値段も年々上がってきており、今年は1コード(128立方フィート、薪を積み上げたときの大きさが高さ122㎝、横244㎝、奥行き122㎝)が280ドル前後。
私の記憶が正しければ、私が薪を初めて買った20年前は1コード180ドルほどだったと思う。この薪が3ベッドルームの家で5人家族の場合、大体ひと冬で4〜5コードほど必要になる。
しかし最近の家は我が家もそうだけれど、家の外壁の厚みが格段に増した。例えば50年前に建てられた家と比べれば、いまは断熱材を3〜5倍に増やし、エネルギーを節約する家を建てるという動きもあり、薪の使用量も抑えられている。その年の冬の寒さにも左右されるけれど、昨年の冬、私の家で使った薪は3コードほどだった。
薪の商売
薪は自分たちで森に入って切り出す人たちもいるけれど、一般的にはそれを商売にしている人たちから購入する。ほとんどが個人のビジネスで、売るための薪を切るには、政府からライセンスを取得する必要がある。
ユーコンでは1年中、薪を積む用の荷台に「Fire wood for Sale」というサインを付けたトラックを目にする。彼らは夏の終わりから秋にかけて大忙しで、注文が遅れると3週間待ちというのも普通である。
昔、薪を売って生計を立てていた友人に「ライセンス料はかかっても、基本、木は無料だからいい商売だね」と言ったら「そう思うなら、一度手伝ってみろ」と言われ、彼と木を切りに行ったことがある。彼がチェーンソーで切り倒した木を約2・4ⅿから3ⅿの長さに切り、それを私がトラックの荷台まで運び……という作業を1日、延々と行なった。
その木の重いこと。しかも彼はその丸太を家に持ち帰り、トラックから下ろして今度は薪ストーブに合うサイズ(約30㎝)に切り、またトラックに積み直して、各家庭に届けに行くのだ。
この経験以来、私は絶対に薪を売るのが割りのいい仕事だとは言わなくなった。
薪に関わる作業
薪ストーブを持つというのは、ロマンチックだけれど、決して楽ではない。まず、運ばれてきた薪というのはそのまま使えるのではなく、それを斧で割る作業が必要になる。人によっては、ウッドスプリッターなる便利な機械を利用する人もいるけれど、それでもすべての薪を割るにはかなりの時間がかかる。
そして今度はそれを積み上げなければいけない。薪は通気性を良くし、乾燥させないといけないので、地面に直接でなく、パレットなどを敷き、そして雨雪をしのぐ屋根の下などに積み上げたり、庭にウッドシェッドを作ったりする。
この積み上げも、バランスなどに気を配る必要があり、3〜5コードの薪を準備するにはかなりの時間がかかるのだ。実際に使い始めてからも、薪を外から家のなかに定期的に運び込む作業が必要だ。
これはなんてことないように思われるかもしれないけれど、マイナス30度、40度まで下がるとやはりかなりの量の薪を使用することになり、薪を置いている場所から玄関まで、十分な薪をソリに乗せて運ぶのにはそれなりの時間と手間が必要になるのだ。
ユーコンの生木は、薪用に切ったあと、乾燥するのに3年ほどかかる。だから、森から切り出した木もすぐに使えるというわけではない。そのため、森に行って探すのは枯れた木だし、ユーコンでも毎年のように夏に山火事があるけれど、その山火事のあった森から切り出した木も薪として利用される。
また、以前あるエリア一帯の森が虫喰いで枯れてしまったことがあったけれど、これらの木もやはり薪として利用する人が多い。山火事の場所から切り出された木や虫喰いの木は、3年間乾燥させる必要がなく、すぐに使うことができるので重宝されるのだ。
安心感と温もりと
いろいろと手間暇かかる薪ストーブだけれど、やはり停電時や故障などがないことへの安心感、そして火の温もりには代え難いものがある。
よく、疲れて家に戻ったときに家に明かりが灯っているとホッとする、などと聞くことがあるけれど、私の場合、そこに「煙突から昇る煙」が加わる。これは、自分が好んで北の田舎暮らしを選んだことの象徴かもしれない。
暖房以外にも、停電して困ることは多々ある。例えば、郊外に暮らす私の家には水道がないため、井戸水を利用しており、停電したら井戸水を組み上げるポンプも動かないので水が使えない。
さらに愕然としたのがトイレも使えないということ。ユーコンのシンプルなキャビン暮らしでは屋外に作った「アウトハウス」を利用するのが一般的だ。
これは、地面に穴を掘り、その上に便座と屋根と壁を取り付けただけのトイレ。室内に水洗トイレのある家に暮らしている場合には通常必要ないものだけれど、しかし、ある日停電したとき、真っ先に思った。私の庭にも、アウトハウスが必要だと。やはりマニュアルな生活必需品は排除すべきでないと。
暮らしの便利さは、ふとしたきっかけで不便さに変わる。普段から、多少の不便さを楽しみながら、そういうことに時間と手間をかけられる生活をしたいと思うのだ。
著者プロフィール
熊谷芳江(くまがえ・よしえ)
カナダ・ユーコン準州ホワイトホース在住。SweetRiverEnterprises代表カヌーガイド。北に憧れ、この地に住み始めて23年。カナダでのアウトドア・ライフを楽しみつつ、相変わらず世界各地も旅して回っている。語学留学やカヌーツアーで当地を訪れる日本人から「屈強な姉さん」と呼ばれながら、ユーコンの魅力を伝えている。
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文・写真◎熊谷芳江 Text by Yoshie Kumagae
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
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