南九州スピアフィッシングトリップ
フィールドライフ 編集部
- 2021年08月01日
INDEX
私をツキに、連れてって!
呼吸を止めて海に潜り、銛で魚を突くスピアフィッシング。派手なイメージが強いけれど、本当は奥深く静かなスポーツだ。次世代にそのエッセンスを伝えるべく、いざ南へ!
文◎藤原祥弘 Text by Yoshihiro Fujiwara
写真◎矢島慎一 Photo by Shinichi Yajima
出典◎フィールドライフ 2020年夏号 No.68
「魚を突きに行きませんか?」
旅は、一本の電話から始まった。電話の主はフィールドライフ編集部のあべちゃんだ。兄弟誌の『PEAKS』では、登山の雑誌なのに魚突きのコラムを連載するほど魚突きに夢中らしい。
「そしてワタシ、大きい魚が突ける銛もほしくって、できたら銛を作って、それでハタやスズキが突けたらいいなー! なんて……」
おいおい、あべちゃん! それは銛を作らせ、技術を教え、魚がいるところへ案内しろってこと!?
調子の良さを笑いながら、どう答えたものか、少しだけ悩んだ。
売文業の傍ら魚突きに取り組んで20年。いちばん得意なテーマのはずが、魚突きのことはずっと書けずにいた。
海は漁業者と遊漁者の思惑が複雑に絡み合い、法で許される地域でも、ローカルルールや受容度が異なる。なにも知らないうちは仲間と漁獲を競い、写真をネットに上げていたが、魚突きを深めるうちに、それが他者を煽り、乱獲にしかつながらないことを知った。
当事者としてそのことを恥じて口をつぐんできたが、そろそろ先に気づいた者として後進に伝えるときなのかもしれない。
「オーケー、あべちゃん。案内するよ。銛が作れて、魚突きが許される場所に心当たりがあるから」
電話のひと月後、ぼくらは南へ向かう飛行機に乗り込んだ。
老人と海
目指したのは鹿児島県南さつま市。ここに、あらゆる工作機械を備え、廃物から道具を産む市民工房「ダイナミックラボ」がある。
このラボを運営するのが、友人の環境活動家、テンダーだ。
彼は世界中から視察が訪れる施設を運営しながらも、年間の家賃が1万円の古家に住み、裏山から引いた水と拾った薪、太陽光パネルから得る電気で暮らしている。
テンダーの話をするとそれだけで紙幅が尽きるほどおもしろい男だが、今回お世話になるのは彼ではなく彼の義父、原勝洋さんだ。
原さんは海中の特殊作業を専門とする技術者にして、魚突きの草創期に活躍した突き師のひとり。現代の魚突き師が一生に一度獲れるかどうか、という大物を何本もあげている海のエキスパートだ。
日本の魚突きには2度の大きな波があった。1度目は潜水器具が急速に発達した’70年代。海中で息ができる道具を冒険家気質の青年たちが放っておくはずはなく、タンクに水中銃というスタイルで第一世代は日本中の海を開拓した。
しかし、そんな漁法が漁業者に嫌われて水中銃は禁止される。
それでも魚突きを止められなかった愛好者だけが銃を銛に持ち替え、素潜りで魚を追い続けたが、カルチャーとしての日本の魚突きは一度途絶えてしまった。
2度目の波は’00年代に起きた。きっかけは「モグラーズデライト」という魚突きの個人サイト。日本各地で個別に楽しんでいた愛好家がこのサイトを介して出会い、道具と技術を洗練させていった。
私がこの第二世代、原さんは第一世代にあたる。
そんな超ベテランの原さんに、銛作りの協力をお願いしていた。
今回あべちゃんが作るのは「チョッキ銛」と呼ばれる離頭式の銛。市販品もあるが、性能が良いものは1本6万円程度と高価。しかし、中古のゴルフクラブを継いで自作したものでも、1m以下の魚を獲るには十分だ。
ゴルフクラブのシャフトを削り、擦り合わせ、樹脂を塗ること半日。あべちゃんの体に合わせた4mのチョッキ銛が完成した。
「なかなか上手に作ったな」
と原さんも満足げだ。果たして、魚は獲れるだろうか?
離頭式銛先
銛先はケプラーで銛本体に繋がっており、魚に貫通後フリーになる。力を逃すので身切れしづらく大物も獲りやすい。名前の由来は棒の先端に「ちょっと着せる」からという説と「猪牙(ちょき)」という説がある。
スプーン製レストタブ
魚を見つけてからゴムを引いても間に合わない。ゴムは軽く引いた状態にして、ハンドストラップのフックを銛本体のタブにかけて保持する。フックはスプーン、タブは針金で自作するのが古からの教え。
目指せ、シークレット磯!
翌朝、樹脂が固まった銛を車に積んで磯に向かう。窓の外には、夏の光に照らされたエメラルドグリーンの海が広がっている。
「おーーわーー! こんな色の海、見たことないです!」。人生でいちばん南に来た、というあべちゃんは、南国の海に興奮気味だ。車を降り、クマゼミがワシワシ鳴く山道を歩き、磯へ下りる。ウェットスーツに着替えて海に入ったら……撮影終了! あべちゃんをうながし、来た道を戻る。
「なぜ! 海! 最高なのに!」「いま下りた磯は撮影用! 魚はたいしていないんだ。情熱のある奴は、1枚の写真から場所を特定する。少しずつ情報は広まり、やがてそのポイントは潰れる。だから、本命の磯は見せられない」
「へー。でも、そんな人います?」
「……昔の俺が、それだよ」
というわけで、来た道を取って返し、本命の磯に向かう。この場所は魚影が濃く、浅い場所にも魚がいる。まだ5mほどしか潜れないあべちゃんも魚が狙えるだろう。
水は透明で、体と水の境界があいまいになるほど、暖かい。いつまでも浮かんでいられそうだ。
岩とサンゴが混じる砂地を滑空するように進む。闖入者を警戒した魚たちが次々に身を翻して岩陰へ入っていく。と、そのなかに白地に縞模様の魚が混じっている。アカハタだ。赤い光線が吸収される水中では赤い魚も青白く見える。
あべちゃんを呼び寄せ、魚の居場所を示す。しかし、なかなか見つけられない。アカハタを見たことがないから、見えていても背景から浮かび上がってこないのだ。
漁獲は突き師の3つの力が左右する。ひとつめは獲物を見つける眼力。ふたつめは獲物に寄る才能。3つめは深く、長く潜る力。
上級者は、この3つの力のすべてが高い。魚が少なくても、魚の警戒心が強くても、いる場所が深くても、必ず魚を獲ってくる。
手で掴めそうな距離にあべちゃんが近づいたところで、アカハタは身を翻した。人が魚を意識していないとき、魚はごく近くまで寄らせてくれる。その動きであべちゃんは初めて気がつき、アカハタが入った穴を覗き込んでいる。
そんなことを何度か繰り返すうちに、あべちゃんはアカハタのシルエットを覚えたようだ。岩陰にハタを見つけては、銛を引いてアタックをかける。
ところが今度はアカハタが近寄らせてくれない。それもそのはず、「殺る気満々」のあべちゃんからは猛烈な殺気が放たれている。
殺気はよく水を伝わる。だから銛を放つその瞬間までは、魚に執着心を見せてはいけない。
「あべちゃん、殺気がダダ漏れ。もっと脱力して、たまたま通りすがったって感じで魚に近寄って」
「脱力、ですか」
「うん。興味なんかありませ〜ん。ルンルンって感じで近づいて」
「……ハイ」
ちょっと考えたあと、あべちゃんは潜っていった。しかし、動きだけがルンルンして、殺る気は満々なので余計に魚が逃げていく。あべちゃんの目つきと動きは、完全にヤバイ人のそれである。
「あべちゃん! ルンルンは動きじゃなくて気持ちのほう! 心の殺気をルンルンに変えて、動きはゆっくり大きくを心がけて!」
「……ハイ」
次の魚に、あべちゃんはゆっくり近づいていった。アプローチは完璧。着底して狙いを定める……と思ったら、慌てて戻ってきた。
「刺さりました!」
「うっそ。銛撃ってないじゃん」
「いいえ、魚じゃなくてワタシに刺さりました!」
「???」
「ウニが!!」
見ればあべちゃんの太ももにびっしりウニの刺が刺さっている。魚に気を取られるうちに、ウニの上に着陸してしまったのだ。
「ワタシ、刺抜いてきます……」
そう言ってあべちゃんは岸に戻っていった。魚を突かせてあげたいが、太陽は傾きつつある。キャンプの段取りを考えるとそろそろ夕飯を調達しなくてはいけない。
深い呼吸を繰り返しながら沖へと向かう。肺の底の空気も入れ替え、普段より多く酸素を血に取り込む。思考を止めて、目だけで魚を追う。思考は酸素を浪費する。体に取り込まれた酸素のうち、じつに4分の1を脳は消費する。
ひときわ魚が濃い場所にさしかかると、水底で黒く大きい影が動いた。息を整えて潜行する。
3…7…10…15…18m。着底。ヒメジ、イシダイ、アオブダイ、ニザダイ……視界を行き交う魚から獲るべき獲物を目でよりわける。……と、斥候たちの向こうに本命が鎮座していた。クエだ。大きい。
銛先を鼻面に定め、強くゴムを引く。刺激しないようにゆっくり近づく。急な動きは禁物だが、遅すぎてもいけない。魚がこちらに興味を持っているうちに間合いに滑り込む。急所が射程に入る。
海底でクエと見つめ合う。魚は人とは別の評価軸で人格を見る。間合いに入れたのは、認めてくれたからだ。もう、それだけで満足だ。海底を蹴って水面に戻る。
獲らずに自制できたことを喜びつつ、猛烈に悔いる。見逃すには、いい魚だった! しかし、用意がない旅行者には大きすぎる。雑な捕獲と調理は大物に失礼だ。
魚を突くうちに、大物とは奇跡と時間の結晶だと感じるようになった。大きな体を養える豊かな海に生まれ、特別に丈夫な体に恵まれ、ほかの魚に食われず、十数年を生き延びた魚だけが大物になる。
その海を象徴する魚を獲るなら、人にも相応の準備が必要だろう。
そして、魚突きはフィールドが豊かであってこそ楽しめる遊びだとも思う。大物ばかりを狙ったり、目についた魚を片っ端から抜いていくのは、自分を楽しませる豊かさそのものを損なってしまう。
海が豊かだから大物がいて、突くべき魚もいる。一時の快楽や見栄で過剰に獲るのは、明日の種子まで使ってパーティーをするようなものだ。そんなことに気がつくのに、20年もかけてしまった。
岸に戻りながらアカハタを2匹獲る。たくさんいる種類から、その日食べきるぶんを獲る。旅行者にはこれくらいがちょうどいい。
魚を獲る人、獲った人
岸に着くと、あべちゃんは「消化不良!」といった感じの顔をして、ウニに刺されたあとをポリポリ掻いていた。もう1ラウンドと言いたいけれど、日没が迫っている。キャンプ地に移動して流木を集め、焚き火を起こす。
獲りたてのハタを調理するなら、炊き込みご飯とアクアパッツアがまちがいない。魚の旨味は含まれる成分の変化によって生み出される。そのため、新鮮な魚は歯応えこそ良いものの、旨味は引き出されていない。骨から旨みを出す加熱調理のほうが獲りたての魚に向いている。
とはいえ刺身は食べたい。半身は生で残し、ごくごく薄く切って刺身とセビーチェをつくる。
「全部美味しいけど、この酸っぱい刺身? がすごく美味しい! なんて名前の料理ですか?」
「セビーチェっていうペルーの料理。柑橘の果汁で魚を締めて、オリーブオイルと塩で調えるんだ」
「ん〜、美味しい〜。次に自分で魚を獲ったら、絶対に作ります!(バクバクバク!)で、なんて名前でしたっけ、コレ?」
「セビーチェだってば!」
テントに入るまで、あべちゃんには魚突きにまつわるたくさんの話をした。魚への寄り方、寄せ方、呼吸法……。メモ帳まで出して話を聞くので、熱心だな、と覗き込むと、そこには「セビーチェ!」とだけ書きつけてあった。
翌朝、テントを出ると海を前にあべちゃんが仁王立ちしていた。
「くっそ〜。帰りたくないぞー!荒れてたら諦めもつくのに、こんな凪じゃ、かえって悔しい!」
と、ぷりぷりしている。その情熱がうらやましい。自分はすでに「獲れる人」になってしまったが、「獲りたい人」はこれからも海を楽しめる。自分はもう通りすぎてしまった冒険的な海が、あべちゃんの前には広がっている。
旅から帰った半年後、あべちゃんからチョッキ銛で獲ったボラの写真が届いた。ボラと笑うなかれ。沖のボラは絶品だ。もちろんセビーチェにしたのかと思ったら……
「なんでしたっけ、それ?」
とあべちゃん。文化を引き継ぐのも、簡単じゃないね!
素潜りの呼吸法
あらゆる魚突きの技術のうちで、もっとも重要なのが呼吸のコントロール。水中にとどまれる時間や海中での余裕は呼吸が左右する。目指すのは肺のフル活用。横隔膜を引き下げて腹式呼吸で肺の下部に空気を送り、それと同時に肋骨を起こして胸部にも空気を入れる。この練習を繰り返すうちに肺の可動域が大きくなり、多くの空気を吸えるようになる。毎日やろう!
スピアフィッシングの道具
銛(上左)
岩穴に入る魚には短め、警戒心の強い魚には長めがいい。全長4m前後、重さ650g 程度が根魚から回遊魚まで狙えるオールラウンダー。
エラ通し(上中)
ラインの先端にはφ3㎜ほどの鋼線で作ったエラ通しをつける。エラ通しをエラから口に抜けば、魚はラインを伝ってフロートに送られる。
フロートライン(上右)
フロートと銛をラインで繋いでおけば大物の取り込みがラク。水より軽く、ハリがあるものが使いやすい。写真は草刈り機のラインを使用。
フロート(右端のオレンジの袋)
船舶や仲間に位置を示すために曳航する。サメのいる海域では獲物と自分を離す効果も。専用品が使いやすいが、今回はドライバッグを流用。
ウェットスーツ
動きやすい裁断や生地にこだわればキリがないが、体に合っていることが最優先。水温に合った厚みを選ぶ。
ウエイト&ウエイトベルト(上右)
ウェットスーツの浮力はウエイトで調節。入門者は軽めにしたほうが危なくない。ベルトは伸縮するラバー製だとウエイトが動かない。
ナイフ(上左)
魚を絞めたり、万一の水中拘束からの脱出に。魚突き用品メーカーがデザインした刃が短いものがおすすめ。脱着や放血がしやすい。
マスク&スノーケル
マスクは低容積・広視界モデルが最上。ストラップを外して顔に当て、鼻から息を吸って顔に張り付くものを。入門者は弁付きスノーケルが便利。
ブーツ
入水・出水の際に岩の上を歩くこともあるのでブーツはラバーを張ったタイプを。フィンはブーツを履いた状態でサイズを合わせる。
グローブ
有毒生物やカキ殻など水中には危険物が多い。ゴム張りのグローブでの保護は必須。水中で銛の表面を強くグリップできるものを選ぶ。
フィン
入門者は短いゴムフィンが扱いやすい。水深7m以上に潜れるようになったら迷わずロングフィンを。酸素消費量を抑え効率的に泳げる。
遊漁のルール
一般の遊漁者に許される漁具・漁法は都道府県ごとに定められている。たとえば、魚突きは千葉県や兵庫県などで禁止されており、神奈川県ではヤスと水中眼鏡の併用が禁止となっているため、実質的に魚突きができない。
このほかにも、銛を放つ動力源になるゴムの使用を規制したり、銛先の形状が制限される場合もある。これらのルールについては、各都道府県の問い合わせ窓口から確認できる。
各都道府県の遊漁に係るお問い合わせ窓口
https://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/yugyo/
- BRAND :
- フィールドライフ
- CREDIT :
-
文◎藤原祥弘 Text by Yoshihiro Fujiwara
写真◎矢島慎一 Photo by Shinichi Yajima
SHARE
PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。