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南アルプス白峰三山縦走|ホーボージュンの全天候型放浪記

南アルプス北部に位置する白嶺三山は、国内第二峰の北岳をはじめ3つの3,000m峰が連なる日本一高い縦走ルートだ。裾野の源流には岩魚が遊び、雲上の稜線からは霊峰富士が望める。そんなワイルド極まりない山域をテント泊縦走スタイルで歩いてみることにした。

文◎ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◎杉村 航 Photo by Wataru Sugimura
出典◎フィールドライフ 2018年秋号 No.61

キノコあふれる秋の南ア

奈良田登山口から大門沢小屋への登山道は明るい広葉樹の森から、シラビソをはじめとする常緑針葉樹への森へと森林層が変わる緑豊かなルートだった。

南アルプスの白峰三山は、数ある登山ルートのなかでもスター的な存在だ。なにしろルート内に国内第二峰の北岳と第三峰の間ノ岳を含み、さらにその稜線からは国内最高峰の富士山が望める。つまり「日本で一番高いところから一番高い山を眺めることができる」贅沢なルートなのだ。だから僕はずっとここを歩いてみたかった。

通常、白峰三山縦走は南アルプス登山の拠点となっている広河原バスターミナルから入山し、北岳、間ノ岳、農鳥岳を登頂したあと、大門沢を下って奈良田へと降りるのが一般的。しかし今回僕はこれとは逆に、農鳥岳、間ノ岳、北岳と標高を上げていくルートを選んだ。こうすると積算登高差が3,500mもあるドMな行程になってしまうのだが、天候を考えての決断だった。天気予報によると入山三日後がもっとも晴天率が高い。そこに北岳登頂をあてたかった。せっかくだもの、北岳のてっぺんから富士山を見てみたいじゃないか。

かくして僕は白峰三山の縦走登山ならぬ “逆走登山” を開始したのである。

雨後の森にはいたるところにキノコが顔を出し、そのひとつひとつを観察しながら歩くだけでも楽しかった。

奈良田から大門沢へ登る登山道は明るく穏やかでとてもピースフルだった。紅葉はまだ始まっていなかったが、3日間降り続いた雨後の森にはキノコがニョキニョキと顔を出し、僕の気持ちをほっこりさせた。

「あっ! ヌメリスギタケモドキだ。これ僕の大好物なんですよ」とカメラマンの杉村航が言う。このキノコは歯ごたえがいいので人気が高く、キノコ蕎麦なんかによく入っている。しかし「スギタケ」「スギタケモドキ」「ヌメリスギタケ」「ヌメリスギタケモドキ」と似たようなキノコがたくさんあり同定が難しい。しかもスギタケは毒キノコだ。だから僕のような素人はおいそれと手が出せない。

何度も何度も沢を渡った。丸太で組まれた手作りの橋はツルツル滑って冷や汗をかいたが清冽な流れは僕の心を洗ってくれた。

ちなみにこの日、僕はブナに群生していたヒラタケを採ろうとして航に止められた。なんとそれは猛毒のツキヨタケだったのだ。キノコに詳しい航が根元のリング(盛り上がり)を見つけ指先で割る。

「ほら、なかに黒いシミがあるでしょ。これが毒です」

ツキヨタケの毒は強烈で、キノコそのものを食べなくても鍋や味噌汁に加えただけで中毒症状が出る。見た目がムキタケやヒラタケに似ていることから誤食されることが多く、毎年中毒事故が絶えないそうだ。

森のなかには鹿の頭蓋骨が落ちていた。

ちなみに名前の由来は暗闇でヒダが発光することからついた。僕は写真でしか見たことがないが、群生したキノコがUFOのようにグリーンに光る様はめちゃくちゃクールで幻想的だ。一度でいいから生で眺めてみたいものだ。

大門沢のヤマトイワナ

一泊目はシラビソの森のなかにテントを張った。お湯を沸かしコーヒーを淹れる。体力・時間ともに余裕があるのは今日だけだ。ゆったりと午後をすごし英気を養った。

この日のゴールの大門沢小屋に着いたのは午後1時半。冷えたビールで乾杯し、登山靴を脱いで寛ぐと、疲れが一気に吹き飛んだ。

「じゃあ僕はちょっとチョウサに行ってきます」

航がバックパックから小型のロッドを取り出し、いそいそと沢へと降りていった。ヤツは源流域の釣りのことを “釣査” と呼び、最重要課題としている。山岳カメラマンのくせに最近は山ではなく魚の写真ばかり撮っているのだ。けしからんヤツである。

「わあ、見えた!」

テントサイトのほうで歓声があがったので行ってみると、雲海の向こうに富士山の頂上がうっすらと姿を現した。まさかのサプライズに居合わせた登山客が大喜びしている。なかでも関西圏から来ていたグループは大喜びで、富士山は山好きにとっては永遠のアイドルなのだと思い知る。

ここ大門沢から眺める富士山頂はプリンのようなキレイな台形をしていた。ここは富士山の北西に位置しているので、山容は朝霧高原や本栖湖から見るのと同じ。千円札にもなっている「あの角度」だ。

しかし高度がまったく違う。ここはすでに1,700mあるから平地から見上げるときより輪郭の美しさが際立つ。このシルエットがどう変化していくのか、明日以降が楽しみだった。

大門沢のテントサイトから富士山の山頂が見えた。いろいろな標高、いろいろな環境から富士山を眺めることができるのが白峰三山の魅力だ。

「ジュンさん! ちょっと来て!」

富士山を眺めていると釣査を終えた航が興奮気味に走ってきた。腕を引かれて沢へ降りると、活かしビクが据えられていて、そのなかに20㎝ほどのスラリとしたイワナが入っていた。鮮やかなオレンジ色の斑点が午後の光をうけてキラリと光っている。

「純血のヤマトイワナです。まさか大門沢にヤマトがいるなんて思いませんでしたよ!」航が興奮している。

ヤマトイワナは日本の固有種だが、最近はニッコウイワナとの混血が進み、数が激減してしまっているそうだ。ここ南アルプスの野呂川水系はその貴重なヤマトイワナの棲息地なのだが「最近は漁協が放流するニッコウとのハイブリッド型が増えていて、純血は源流の奥地や隠れ沢でしか見ることができなくなってるんです」と航が教えてくれた。

それにしても美しい。体側にはヤマメのようなパーマーク(楕円形の紋様)があり、その上にオレンジ色の斑点が乗っている。背中は緑がかった褐色でニッコウイワナのような白い斑点はなく、きらりと鈍色に光っていた。

「美味そうだなあ」

「ダメですよ! ヤマトは貴重なんだから食べさせません」

「じゃあなんで釣ったんだよ」

「釣査です、釣査」

なんだその歪んだ正義感は。釣ったらちゃんと喰わないと。そもそもキャッチ&リリースなんてのは人間の奢りで……と、いつもならここで口論になるところだが、ヤマトイワナの美しさを前に、この日の僕は口をつぐんだ。

じつは今日も僕らは途中で見かけた堰堤工事に心を痛めてきたばかりだ。美しい渓谷と美しい自然がそのままの姿で残されることを願うばかりだ。

3000mの高みへ

2,700m近辺で森林限界が訪れ、灌木と地衣類ばかりになった。

ピピピッ、ピピピッ……。

午前3時。耳元でアラームが鳴った。僕はすばやく寝袋をたたむと身支度を整え、まだ暗い山道をヘッドライトの光を頼りに歩き始めた。今日の行動時間は10時間以上。ここから稜線に上がるだけでも5時間以上かかる。

ハア、ハア、ハア……。

頭をカラッポにして足を前に進める。南アルプス特有のシラビソ林はやがてダケカンバへと変わり、それがハイマツへと姿を変えた。

農鳥小屋から間ノ岳(3,190m)への急登。すでに行動時間は11時間を超えフラフラだ。

ハア、ハア、ハア……。

何度登っても山は苦しい。こまめに休憩を取り水分を補給する。ふり返るたびに大きくなっていく富士山だけがいまの僕の心の支えだ。

やっとの思いで稜線に出たのは11時すぎだった。山の上はガスに覆われてなにも見えなかったが、下降点に鉄塔が建っていてそれとわかった。

農鳥岳(3,026m)の頂上直下。歯を食いしばり黙々と登る。

ここでメッシュキャップを毛糸のビーニーに変え、グローブをはめた。行動用のソフトシェルの上にゴアテックスのハードシェルを羽織る。気温は4℃ほどだが、風が強くて体感温度はさらに低い。雨じゃないのがせめてもの救いだ。

ここから進路を北に変え、二重稜線のなだらかな登りを歩き続けた。岩稜帯を色とりどりの地衣類が覆っている。そこだけ見るとアラスカかパタゴニアのようだ。

それにしても息が苦しい。ふだん海抜0mの海辺で暮らしているせいか、3000mまで一気に上がったら、息が切れて目眩がした。

標高が高くなるにつれ空の青さが眼に沁みるようになった。

それでもめげずに登り続け、正午前に農鳥岳(3,026m)のピークに立った。ちょうど稜線を覆っていたガスが切れ、巨大な間ノ岳がクッキリと見えた。

ここで登山道はいったんグッと下がり、正面の間ノ岳へと登り返す。見た目の錯覚もあるのだろうが、その登りは壁のように見えて、心が折れそうになった。

食事はドライフードが中心だったが、マッシュルームや豆類を加えることで美味しく食べられた。

「ジュンさん、いよいよ最難関にやってきましたね」

「間ノ岳への登り返しか。こっからみるとまるで壁みたいだな」

「いや、そうじゃなくて、あの赤い屋根のことですよ」

見下ろすコル(鞍部)に赤いトタン屋根が見えた。そう。あれがかの有名な農鳥小屋だ。

「いつもあそこで山から降りてくる登山者を見張ってるらしいですよ」と、航が怯えた声を出す。

北岳山荘のテント場は標高2,900mにある。この夜は氷点下近くまで冷え込みテントが凍った。

ネットで検索すればすぐにわかることだが、この山小屋のご主人(深沢さん。通称・農鳥オヤジ)は登山者に厳しいので有名だ。宿泊者やテント泊者にはもちろん、小屋の前を通る縦走登山者に対しても「歩き方が悪い」「装備がなっとらん」と小言をいい、午後になってここに差しかかろうものなら「こんな時間から間ノ岳(あるいは農鳥岳)に登ろうなんて無謀は許さん! 今日はここに泊まっていけ!」と叱られる。それを愛情と捉えるか横暴と捉えるかは意見が別れるが、いずれにしても大いに物議を醸し出しているのだ。

腕時計を見ると時刻は1時近かった。やばい。ぜったい説教される。疲れた身体に鞭を打ち、転がるようにしてコルに降りた。

農鳥小屋のおねえさん

木々が色づき始めた。これから南アは年間でもっとも美しい季節を迎える。

こうして着いた農鳥小屋にひとけはなく、あたり一面が墓場のように静まっていた。まるで廃墟にでも迷い込んだようだ。

「こんにちは……」

おそるおそる小屋の中を覗き込んでみた。航に思いっきり止められたのだが、怖いもの見たさの好奇心が恐怖心に勝った。目を凝らしてみると薄暗い土間で日に焼けた老人が眠っていた。あれが噂の農鳥オヤジか……。

「どうされました?」

とつぜん声をかけられて飛び上がった。振り向くと若い女性が立っている。ゆったりしたスウェット姿にジビッツのついたクロックスを履いていた。どうやら小屋番の人らしい。

(か、かわいい……)

歳は30ぐらいだろうか。明るい髪色と人なつこそうな瞳、そして愛らしい笑顔が僕らの心を鷲掴みにした。“掃き溜めに鶴” とはまさにこのことだ。

「あ、あ、あの、こちらで飲み物は買えますでしょうか」

「はい! 缶ジュースなら」

縦走3日目の朝。いよいよ北岳山頂へと向かう。後ろには間ノ岳とこれまで歩いてきたトレイルが見える。

そういっておねえさんは僕らを小屋の裏に案内してくれた。雨水で冷やした缶飲料のなかからグレープジュースを選んでお金を払う。

「そのパンツ、かっこいいですね。どこのブランドなんですか?」

おねえさんにウエアを褒められて航が鼻の下を伸ばす。

「モンチュラです。僕は山のガイドをやっているので、身に付けるウエアは機能的じゃないと」

うそつけ。さっきまで「俺の本業は釣り師だ」と言ってたクセに。

こうして用もないのにグダグダと話し込んでいたら小屋の中から野太い怒鳴り声がした。

「だれだっ! そこにいるのは!」

そのとたん、僕らは走り出した。そして熊に追われた脱兎のごとく、国内第三峰・間ノ岳の急斜面を一気に駆け上がったのである。

北岳の頂きに立つ

3日目の朝。まばゆい朝日に起こされテントから這い出すと、自分は雲の上で眠っていたことに気がついた。これまで経験したことのないスペクタクルな夜明けだった。

縦走3日目の朝、午前9時20分。僕はついに北岳の頂きに立った。

いや、少々仰山で気障な表現を許して貰えるなら、僕は山頂ではなく “地球の上” に立っていた。

僕の足元には、広大な雲海が広がっていた。朝の斜光に照らされた雲はまるで泡立つ白波のように足元へと打ち寄せ、果てることがない。そして凪ぐことなく動き続け、ときおりその上を筋雲が渡っていった。それはまるで海面を渡る風のようで、僕は自分が海に突き出た岬のうえに立ち、大海を眺めているような錯覚に陥った。

「スゴいなあ……」

南東の方角に目をやると、遠い遠い水平線のうえに、くっきりとした島影が見えた。美しい円錐形をしたその島の名は富士山。もしこの雲の海にフネを浮かべたら、なんなくあそこまで渡ってしまえそうだった。

コルより晴れ渡った北岳山頂を望む。さあ今回の山旅もいよいよクライマックスだ。

そのときだった。

一羽の鳥が僕の頭上をひゅんと横切ったのである。

それはさっきまで登山道脇のハイマツ帯で松ぼっくりをついばんでいたホシガラスだった。

「!」

標高3,193mのさらに上を、こんな小さな鳥が飛んでいることが僕にはとても衝撃だった。

きっと彼らからみたら僕ら登山者なんて陳腐な存在に思えるだろう。山のわずかな高さの違いにこだわり、地表に這いつくばりながらピークに登ってくる。ホシガラスなら下の森からここまでわずか数分で飛んで来れるが、僕らときたら三昼夜もかけてやっとの思いで辿り着くのだ。

僕は自分の無力を実感した。

こうして雄大な景色を堪能した僕は、そろそろ下山することにした。やっとのことで登ってきたけど、今度はやっとのことで降りなければならない。翼のない僕らはこうして一歩一歩進むことでしか、この地球の上を飛べないのだ。

「なんだかなぁ……」

狙いどおり3日目はピカピカの快晴だった。

それでも僕は歩いてみようと思った。ありとあらゆる土地を歩いてみようと思った。そして森のキノコや、沢のイワナや、頂きのホシガラスにため息をつきながら、この地球の大きさと大自然の美しさを見て回ってやろうと思った。

それこそが僕ら人間ができる唯一の行為だ。鳥や動物や魚たちには真似のできない唯一の遊びだ。

だから俺よ、そして君よ、この星のワイルドサイドを歩こうじゃないか。どこまでも歩いてみようじゃないか。

空はまだ青かった。そして山はまだ続いていた。

バックパックを背負い直すと、僕は再び歩き始めた。

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フィールドライフ 編集部

フィールドライフ 編集部

2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。

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