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抜き足、差し足、大キレット・前編|槍ヶ岳を眺める……余裕は一体どこへ?

槍ヶ岳から南へと延び、北穂高岳、奥穂高岳へと続く岩また岩の稜線は、「一般登山道中の最難関」との呼び声が高い難ルート。そんな大キレットから槍ヶ岳を眺めようと……高所恐怖症の不惑男が立ち上がった。

文◉麻生弘毅 Text by Koki Aso
写真◉宇佐美博之 Photo by Hiroyuki Usami
取材期間:2019年9月19日~ 21日
出典◉PEAKS 2020年7月号 No.128

今回旅をしたのはこの2人

槍ヶ岳をバックに、現実から完全に目を背けるわたくしと、その目力でビール注文光線を送るべく、殺生ヒュッテを睨みつける編集宮上。

宮上晃一(左)

1984年生まれ。高所に対する恐怖心とともに、人として大切ななにかを失っている小誌編集部員。下山後、宣言どおり餓鬼のごとく焼肉を喰らいつく。

麻生弘毅(右)

1973年生まれ。高いところが嫌いなライター。沢旅を愛するものの、登攀、高巻き、トラバースは大の苦手。著書に『マッケンジー彷徨』(エイ出版社刊)。

なぜこのようなことを。滝谷より深いため息が……。

夜明け前のバスに乗りこみ、上高地のターミナルへ。薄曇りの森を歩いてゆくと、いつものように明神岳が現れた。小屋のテラスで冷たい水をいただいて、ひと息。日が昇るにしたがい空は晴れてゆき、徳沢に着くころには雲ひとつない快晴に。木々から漏れる光の強さは、去りがたい夏を惜しんでいるようだった。

思えば、沢渡の駐車場に着いたのは深夜3時半すぎ。星ひとつない曇天の下、ビールと日本酒……痛恨の「七笑」を2本飲み、目をつむったと思ったらバスの時間。それでも気怠さを感じないのは、それ以上のなにかにとらわれているからだろう。

「マジ、だるいっスね」

編集部の宮上晃一が情けない顔でこぼす。ヤツもハイボールを飲んでいたので事情は同じだろうが、なんというか寝不足以上でも以下でもなく、こみあげるような緊張を感じさせない――。

微妙な予報のなか出発。降るなら降って……という願いも虚しく、みるみる晴れてゆく。

ぼくらは槍ヶ岳を見るために、大キレットへと向かっていた。槍を眺めるのはけっこうだが、なぜ大キレットから……なんてことは、フリーランスという名の野良犬からは口出ししにくい。ましてや普段からエラそうな口を叩いているぶん、大キレットにビビっていると思われるのも業腹(ごうはら)だ。そこで編集部からの提案に、男らしく「おう!」とこたえたものの、ぼくはどこに出しても恥ずかしくないほどの、豪華絢爛たる高所恐怖症だ。

「んでなに、オメーは高いとこは平気なわけ?」

そうたずねると、かぶせ気味に、平気っス!

「それよりアソーさん、さっきまで日本酒を飲んでたのに……元気っスね」

槍沢ロッヂにて、酒に飲まれた男と緊張感に飲まれた男。

いやいや、俺はプレッシャーに押しつぶされそうで、それどころじゃないんスよ……。

二ノ俣谷をすぎると、沢の流れにイワナが目立つようになった。通常では考えられないような平場に尺物が悠々と浮かんでいる。それどころか、逃げるであろう距離まで近づいても、堂々と胸ビレをゆらゆら。それは、長年禁漁となっている槍沢ならではの、いや、イワナ本来の姿なのだろう。

天狗原分岐下を登るにしたがい、いよいよ現れた槍ヶ岳の姿が大きくなってゆく。遠くの山並みから眺める槍はスマートに尖っているが、こうして間近から見ると、まあご立派に威風堂々。ゆっくりと登り詰めて、殺生ヒュッテとの分岐へ。予定では槍ヶ岳山荘のテント場に泊まり、この日のうちに槍ヶ岳の山頂を踏むはずだった。しかし、小屋のあたりはすでに陽陰になっており、見るからに寒々しい。それに比べ、ぽかぽかと日のあたる殺生ヒュッテのテント場の暖かそうなことといったら。あそこでごろごろしながらビールでも飲みてぇなあ……。

わたくしの目にはまったく入らなかった、かわいらしい標識。

「ここからだと、槍ヶ岳込みのテント写真がばっちりだねぇ」

ごくさりげなくつぶやくと、登りにうんざりしていた宮上が、かぶせ気味に「そうしましょう!」とこたえた。

期待どおりの冷たいビールを流しこみ、沢水で割ったウイスキーを味わう。残照に浮かぶ槍ヶ岳は、厳かな要塞のようだ。ツエルトに潜りこみ、ラジオで天気を確認する。明後日は確実に降るようで、明日の午後、どの時点から降り出すかが成否の鍵を握っていた。いますぐ降れば残念ながら~♪ 下山だろうが~♬、大キレットに突っこんでからの雨だけは避けたい……。

水を打ったような静寂を破るよう、ときおり強い風がツエルトを叩いた。そのたびに、降ってほしいようなほしくないような、心持ちが揺れる。ウイスキーをもう一杯。重い憂鬱はなかなか睡眠へと逃してくれない。3時40分、満天の星と槍。

晴れてしまったので、メシを食って出発の準備。背後では生意気がニヤけてやがる。

気づけば闇はほどけていた。まともな睡眠はとれなかったが、疲れは感じない。食欲もないが、なんとかおかゆを飲みこんで出発。雨が降る前に北穂へ……と言いかけると、宮上が「槍山頂はパスしましょう!」と古女房のような呼吸でこたえる。登山者でにぎわう槍ヶ岳山荘を横目に南へ。天狗原へと下る分岐をすぎると、登山者の姿はなくなった。感慨をもつ余裕もなく、大喰岳(3101m)、中岳(3084m)、南岳(3033m)と3000m峰を越え、砂礫の道を下ってゆくと、南岳小屋の向こうに悪意を剥き出しにしたかのような、ギザギザの岩稜――大キレットが姿を現した。

「悪魔棲む魔城」としかいいようのない、絶望的な様相の北穂北面。その頂上、信じられないような場所にぽつんとたたずむのは、旅人のオアシス北穂高小屋。

…………………………………。

胃が締め付けられるような光景を前に立ち尽くしていると、背後の宮上がふにゃ~っと漏らす。

「俺、腹減っちゃったから、なんか食っていいっスか~?」

味のしないカップラーメンを詰めこみ、再出発。大キレットを一望する獅子鼻展望台で、溺れるほど深いため息をつく。南岳小屋が標高2975m、大キレット中もっとも標高が低い「最低コル」が2748m、そして目指す北穂高岳が3106m。227m下って、358m登る。これより標高差のある登山道はいくらもあるが、空と陸の薄~い接点で、なぜこのような登り下りを……。

日のあたらない冷たく硬い岩壁を、赤い点が動いてゆく。いうまでもなくあの米粒が登山者であり、北穂高岳がどれほど大きい存在かが、直視をはばかられる威容、込み上げんとする酸っぱい息吹とともに、嫌というほど実感できた。

宮上「こりゃヤバいっスね」麻生「……」。ザックを下ろして休めるA沢のコル。
麻生「思いきって戻ろうか」宮上「……」。北穂側の落石に注意しつつ、兄さんの繰り出すボケをフルスイングで無視する若輩者(怒)。

「よっしゃ、チャッチャとやっちゃいますか!」

炒飯でもつくろうか、くらいのさりげなさで男宮上が言う。奈落の底へと続くような鉄ハシゴは冷え切っていたが、滑るような気がしてグローブを外す。飛騨側から冷たい風が吹きつけると猛烈に喉が渇き、普段まったく摂取しない甘いもの……温かいフルーチェのようななにかに包まれたいと痛切に思った。

「最低コル」という名の奈落へと続く、冷たいハシゴ。
「飛騨泣き」を越え、高低差300mほどを北穂高小屋へと一直線に登ってゆく。斜度はあるものの、足場は安定している。
「飛騨泣き」を越えたあと、ホッとしたところで現れたトラバース。よしゃあいいのに、足下を見ては腰が砕けるわたくし(涙)。

出典

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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