三陸三昧スリーデイズ|ホーボージュンの全天候型放浪記
フィールドライフ 編集部
- 2021年07月04日
INDEX
岩手県の三陸海岸は複雑なリアス式海岸と豊かな海の幸で知られる。そして2011年の東日本大震災で甚大な津波被害を被った海域でもある。僕は7年ぶりにこの地に生きるシーカヤッカーを訪ね、緑の森と不思議な湖、そして美しい海を堪能してきた。
文◎ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◎山田真人 Photo by Makoto Yamada
Special Thanks◎Masashi Takeda(SURFACE)
出典◎フィールドライフ 2019年夏号 No.64
緑の森の上を飛ぶ
「ご無沙汰してます!」
「どうもどうも」
7年ぶりに会う草山さんはとても元気そうで僕は嬉しかった。
「新しいお店がオープンしたそうで、おめでとうございます!」
「やっと釜石に戻れましたよ」
草山雅之さんは岩手県釜石市でMESA(メサ)というシーカヤックショップをしていたが、2011年の東日本大震災で大津波に襲われた。幸い、草山さんも家族も無事だったが店もカヤックもすべて流されてしまい、以後は復興商店街のプレハブで細々と活動していたのである。
この当時僕は草山さんを訪ね、いっしょに三陸海岸をキャンプツーリングした。海はすっかりキレイだったが、陸前高田、大船渡、釜石、大槌、山田、宮古など沿岸の町の壊滅は凄まじく、茫然としてしまったのをよく憶えている。
あれから7年が経ち、三陸各地のインフラはめざましい勢いで復活した。太平洋岸の自動車道路は仙台から八戸まで繋がり、この春には東北自動車道と釜石を結ぶ念願の釜石自動車道も開通した。
これまで東京から三陸に行くには “ちょっとした覚悟” が必要だったが、これで格段にアプローチしやすくなった。そこで僕はシーカヤックをカートップし、ひさしぶりに三陸に遊びに出かけたのである。
ところが……。今回草山さんが待ち合わせ場所に指定してきたのは海岸ではなく、岩手の山奥にある錦秋湖だった。なんでも「最近、この湖の奥にすごいところを見つけたんです」とのことだ。
待ち合わせ場所には南伊豆のシーカヤックガイド、武田仁志君もいた。今回はお客さんを連れてツアーに来ているのだ。武田君ともひさしぶりの再会だった。
「冬の和田小屋以来ですね!」
「そうか、このあいだはバックカントリーで会ったんだっけ」
僕らは知り合って20年近く経つが、じつはこれまで海か雪の上でしか会ったことがない。変態的アウトドア仲間なのである。
雪解け水を湛えた湖面から新緑の木々が生えていた。見たこともない景色に驚愕。
さっそく錦秋湖へと漕ぎ出した。湖は蕩々と水をたたえており、気持ちよく凪いだ湖面をスイスイと漕ぎ進んだ。するととんでもない光景が目に飛び込んできたのだ。なんと湖面からにょっきりと巨木が生えているじゃないか!
「草山さん、なんすかここは!」
「びっくりしたでしょう」
いたずらっ子のように笑う。
「普段の錦秋湖はいまより水位が10m以上低くて、上流域のこのあたりは湖底が出て木が覆い繁っているんです。でも雪解け水がどんどん流れ込む5月末はすべてが湖底に沈んでしまうんですよ」
そしてこの先にこの時期にだけ漕ぎ上がれる川があるという。
「普段は切り立った峡谷で水量もたいしたことないんだけど、いまの時期はカヤックで漕いで入れるようになるんです。今日はそこに行ってみましょう」
峡谷に入ると山風が遮られ、水面が鏡のように凪いでいた。そこに新緑の森が映り込み、ものすごく美しい。そのリフレクションの上を6艇のシーカヤックが切るように進んでいく。まるでネイチャーフォトの作品をペーパーナイフで切り分けてるようだ。
眩しい新緑が僕の網膜から脳みその奥にジンジンと染みこんでいく。目が喜んでいる。脳が喜んでいる。身体が喜んでいる。パドルも、カヤックも喜んでいる。
僕らは峡谷を漕ぎ進んでいった。崖にピンクの山ツツジが咲いていた。きっと普段は見上げるような崖の上に咲いているのだろうが、いまは手が届きそうな場所にある。なんとも不思議な感覚だ。
そして大きなカーブを回り込むと、またもや信じられない光景が広がった。大きなブナやミズナラが水面からニョキニョキ生えているのだ。渓谷に水が満ち、周辺の森が水面に沈んでいるのである。その幹の間を漕ぎ進む。まるで西表島のマングローブの森を漕いでいるみたいだった。
それにしても新緑の美しいことよ! 日向へ日向へとグイグイと手を伸ばし、日の光をすくい取ろうとしている。木々の生命が夏に向かい燃え盛っている。木々の喜びの姿を見ていると、この地球がいかに美しいかを再認識する。都市生活ではここまで圧倒的な緑に囲まれることは少ないが、じつは地球は緑にあふれているのだ。
水面に映った森にパドルを差し込むと、自分が森の上を漕いでいるような錯覚に陥った。いや、実際に水面下に木々が沈んでいるのだからこれは正しいといってもいい。真っ白いシーカヤックで森の木々を切り裂きながら、僕は緑の空を飛び続けた。
巨大な防潮堤
2日目はいよいよ海へと漕ぎ出した。出艇地は山田町の船越だ。
「だいぶ変わったでしょう」
草山さんの言葉に頷く。釜石からここ山田町に来るまで沿岸部をゆっくりと見てきたが、道路も町も住宅もピカピカで、まるで東京郊外に新しく造成されたニュータウンを見ているようだった。
なかでも違和感が大きかったのが巨大な防潮堤だ。湾の奥や集落のある場所にはどこもコンクリートの壁ができていた。なかには高さ10mを超える垂直で無機質な壁もあり、それは僕に刑務所の塀を思い浮かばせた。その近くに立つと圧倒的な威圧感と、見下されているような重圧を感じる。なんというか、まるで罰せられているような気になってしまうのだ……。
そんな思いを察したのか草山さんはいう。
「復興当初はいろんな意見があったんです。居住地の高台移転や盛り土による町全体の造成も検討されていた。でも、いつの間にかどんどん工事が進んで、あっという間にコンクリートの壁だらけになってしまったんです……」
真っ白いシーカヤックで森のリフレクションを切り裂きながら僕は緑の空を飛び続けた。
草山さんは父親の代からの漁師だった。海とともに生き、小さな入り江と古い集落が織りなす美しい光景を見て育ってきた人は、きっと胸が張り裂けるような気持ちに違いない。しかしあの震災で岩手県内だけでも5800人もの犠牲者が出た。「人が死んでるんだぞ」という声の前には、景観保全や環境保護は唱えづらいだろう。
複雑な気持ちのまま僕は防潮堤を乗り越え、出艇をした。
しかし湾内を一歩出ると、そこには以前と変わらぬ美しい海岸線が続いていて僕は溜飲を下げた。
白い岩塊とアカマツが織りなす風景はまさに三陸のイメージそのもの。白砂の湾内は春の明るい陽射しを受け、キラキラと輝いている。エメラルドグリーンからコバルトブルーへとグラデーションする海を見ていると、まるで南国に来たような錯覚に陥った。
「きれいですねえ……!」
「でしょう!」
そして震災直後と大きく変わったものがもうひとつあった。それは無数に浮かぶ養殖筏だ。
「すっかり元どおりですね」
「牡蠣もホタテも順調ですよ」
もともと三陸海岸は豊富な森林が海のすぐそばまで迫る独自の地形のおかげで、ミネラルをたっぷり含んだ山水が注ぎ込んでいる。そう。昨日錦秋湖の奥の峡谷で戯れたあの清水がそのまま海へと流れ込み、ここで魚や牡蠣を育てているのだ。森と海はやはり不可分の存在なのである。
これまでの人生でいちばん甘い、魅惑のホタテ・ドライブスルー。
さて。この日のランチはメサ名物の「ホタテドライブスルー」だった。
これは草山さんと友人の漁師・佐々木俊之さんが考え出したもの。シーカヤックで養殖筏に乗り付けると、そこで佐々木さんが海中からホタテを引き上げ、その場で剥いて渡してくれるという “究極の産直システム” だ。いまは漁船から渡す方式になったが、それでも生きたホタテをその場で剥いて、海に浮かんで食べるなんていうぜいたくは、ほかでは味わえない。
「はい! おまたせ!」
「いただきまーす!」
パドルでバランスを取りながら貝殻を手に取り、そのまま口に放り込む。潮の香りとともに口を満たした大きな貝柱に歯を立てたその瞬間、衝撃が僕を貫いた。
「!」
なんたる甘さだ。正直、こんなに甘いホタテは食べたことがない。それはこれまでのホタテ人生でもっとも美味しいひとくちになった。
やっぱり三陸は最高なのだ。
海からの視点
3日目は吉里吉里(きりきり)半島をぐるっと回った。ここは三陸海岸のシーカヤッキングの醍醐味を堪能できるエリアだ。この日は風も穏やかで絶好のパドリング日和。岩礁をなぞり、小さな入り江をトレースしながら漕ぎ進んだ。
昨日感じた防潮堤への違和感は、海に出ると霧散してしまった。沖から見る「壁」は付箋ほどの大きさで、漁港の奥に静かに張り付いているだけだ。結局のところ海岸線の総延長が700㎞ともいわれる三陸海岸の長大さと比べれば、人の住むエリアも、防潮堤もほんのわずかの部分にすぎない。
ふだん僕らはこうして海から自分たちの社会を見る機会がなかなかない。閉ざされた列島で、閉ざされた視点でものを見ている。しかしシーカヤックで旅をするとまったく反対側から世界を見ることができる。社会、暮らし、人、生活。大きな自然のなかで自分たちがなにをしているのか、冷静に見ることができる。
陸地は世界のわずか30%だ。ときには70%側からモノゴトを見てみよう。海からの視点を持つ。自然界からの意識をもつ。そうすると思考回路の働きや、感情のわきかたが全然違ってくる。
今回の僕は震災復興と防潮堤に意識がいったが、場所によっては埋め立てや水質汚染、海洋プラスチック問題に意識がいくかもしれない。ひとによっては食生活やライフスタイル、働き方や家族のあり方を考えるかもしれない。
僕らが住んでいる日本列島の海岸総距離は3万3900㎞。なんと赤道の距離の85%にもなる。僕らはとんでもなく大きな海洋国家に住んでいる。だからこそ僕らはもっと海からの視点を身に付ける必要があるんじゃないか。今回の旅ではそんなことを考えた。
海は日本中のどこにでもある、目の前のウイルダネスだ。
もっと海を旅してみよう。
世界を海からみてみよう。
シーカヤックMESA/草山雅之さん
岩手県生まれ。父親の後を継いで遠洋漁業を生業にする。漁師時代はサーフィンにのめり込み、海好きが高じて36歳のときにカヤックガイドに転身。
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文◎ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◎山田真人 Photo by Makoto Yamada
Special Thanks◎Masashi Takeda(SURFACE)
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。