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いつかの小川山、これから見るかもしれない小川山。新緑の季節をアクリルで描く|筆とまなざし#370

右足が不自由になって、すっかりインドア生活。クライミングジムでの展示に向けてアクリル画を描く。

松葉杖生活になって、もっとも困るのは、いまでは収入の半分以上を占めるようになっているクライミング講習ができないことである。言わずもがな、収入はすっかり減ってフリーランスの大変さを痛感している。松葉杖にはずいぶん慣れたが、家のなかの移動も松葉杖なので煩わしい。右足なので車も運転できない。おかげで左足の筋力はこれまで以上に強くなったと思う。すっかりインドア生活になり読書が捗るのはうれしいことで、昨年から始めた地域研究に時間を当てることもできたりして、これまでなかなかできなかったことに意識が向くようになった。

怪我をして良かったとはいわないけれど、少し立ち止まってこれからの生き方も考える大切なきっかけとなった。家事全般は妻ががんばってくれるおかげで不自由していない。

足が使えなくなっても絵を描くことができるのは、自分の強みである。ちょうど今月17日から21日まで、長野県伊那市のクライミングジム・エッジアンドソファー伊那店で展覧会を行なうことになっていて、先週からその準備を始めた。どうしてクライミングジムで展覧会なのかというと、ジムスタッフのSさんの発案で4月は「クライミング/山×ものづくり」と題して、週替わりで山やクライミングをモチーフにした作家さんの展示を企画し、声をかけてくれたからだ。Sさん自身も絵を描いたり造形作品を作ったりしていて、Sさんならではの企画である。クライミングジムはクライミング文化を発信する場所でもあって、このような切り口でクライミングを発信することは日本ではとても珍しい。ぼくが展示するのは水彩画のほか、オルコでキャンバスに描いたペン画、そして新しく制作したアクリル画である。また、Arts and Climbsとして妻が制作しているロープのアップサイクルアイテムや金工作品も展示販売する(詳しくはこちら→https://www.edgeandsofa.jp/blog/2024/03/20244.php)。

少し前から大きな絵を描きたいと思い、キャンバスを使うようになった。水彩、とくに透明水彩は描き込むのには適していないし、大きな水彩紙は旅には携行しにくい。使っているのは枠のないカットキャンバスで、折り目もつきにくく丸められるので旅にも持っていきやすい。しかし水彩絵の具はキャンバスに定着しにくいという欠点がある。

「大きい絵を描くにはキャンバスにアクリルがいいよ」

そう教えてくれたのは先達のクライマー画家だった。アクリル絵の具はこれまでほとんど使ったことがない。調べてみると透明水彩にとても近い風合いのものと不透明のガッシュがあり、透明水彩に近いものを試してみることにした。下絵はアクリル絵の具でも滲まない油性ペン。モチーフは小川山。真っ青な青空の下、朝日を浴びて輝く屋根岩と新緑の風景で、いつか絵の資料になるかもしれないと写真に撮っておいたものである。

画材が変わると描き方も変わり、それは心持ちにも影響を与える。小さな水彩画よりも大胆に筆を走らせたくなり、発色の鮮やかさも相まってなんだか開放的な気分になる。足が治るころにはすっかり新緑の季節になっているだろう。描いたのはいつか見た風景ではなく、これから見るはずの爽やかな初夏の小川山なのかもしれない。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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